超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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チェーン・ギャンギング 9

四辻さんの送ったメッセージになんか非常に丁寧な返信がやってきた。送ってきた人の名義はE-ASPA、つまりはASPAのエネルギー分野のマネージャーさんだ。

 

添付されていたのはかなり詳しい内部調査と企業の将来性分析についてのレポート。責任者はなんか政府の取引ブラックリストに掲載されたようだが、その直前で内部情報を売り逃げしたやつはなんかのうのうと生きているらしい。まあ内部告発は悪いことではないと思うのだが、タイミングとかがなんていうか露骨じゃないですかね。

 

ちなみにまだ金を集める前だったので罪になるかどうかは微妙なところですが、それはそれとして政府機関に出資を求める時に嘘の内容を書いたということはかなり重くみなされるようです。そういうところで舐められたら終わりの商売だからかもしれませんが。

 

「よかったじゃないか」

 

「……実感がないのが、怖い」

 

「というのは?」

 

「私は専門家の時間をそれなりに使わせた。これだけの調査は実際に行動がなければ作れない。それに、数人の人生に大きな影響を与えた」

 

「いや別に因果応報に近いものだろ今回は、そこで罪悪感を持つのはあまり良くないと思うぞ」

 

世界は別に善悪みたいなものを内部情報として実装しているわけではない。それは人間とか社会とかの関係があって初めて成り立つというか貼り付けられるラベルに過ぎない。だからといって善悪は完全に存在しないと言うつもりはないが。なら全部物々交換して価値のない通貨を使うなよみたいな話だ。都合のいいときだけ共同幻想を存在しないもの扱いするべきではない。

 

「心情倫理よりも責任倫理を取りたい」

 

「えーと誰だっけ」

 

『マックス・ヴェーバーのPolitik als Beruf、「職業としての政治」で有名な言葉です』

 

BIFRONSの説明。ありがたいね。こういう解説役がいると議論が詰まらないですむ。

 

「意味はわかるんだがな、でも責任をどうするかにも限界があるだろ」

 

原因を五回探るとうっかりにたどり着くのでチェックリストをしっかりやるという結論になるやつだ。システムを直すのには時間と手間がかかるけれども人間はかなり簡単に変わって見える演出ができるのでやりやすいというわけだ。かなり碌でもない気がしている。

 

ええと四辻さんの悩みに戻るか。自分がやったことが正しいかどうかの判定基準をどうするか、みたいな議論だ。心情倫理は正しいと思ってやったのであればいいとして、責任倫理は結果が良ければいいみたいな考え方だ。とはいえ心情倫理に寄せると無能な働き者が私は正しいことをやったんですと言い、責任倫理に寄せるとどうやって責任を証明するかの問題になってくるのでよくない。

 

「どこかで納得できる場所を見つけたいのだけれども、それがあるかどうかがわからない」

 

「評価関数をモデル化して、連続で滑らかとみなせるなら、どこかに一番納得できそうな場所は見つけられるんじゃないか?」

 

あまり適切なアドバイスかはわからないが、まあ両極端は違うとしてでもどこかに落としどころがあるだろうというのは世界でよくある場所だ。それがどこにあるのかというのは結構周囲の影響で変わる。というかあれか、環境依存のランドスケープだと最安定点が結構荒ぶるみたいなのは四辻さんでもわかるかな。多分わかってて悩んでいるんだろうな。

 

「それが動く時にどうやって追跡するかが問題」

 

「評価関数を固定する方法は外部依存にすることだがフィードバック系にしたいんだろ?」

 

「したい」

 

「なら苦しめ」

 

俺はそういうふうにしか言えない。多分俺も思春期の頃には苦しんでいたのだろう。確かBIFRONSのもとになった人工知能と夜中話してトークン切れと眠気を感じていた記憶がある。

 

そこで悩むのが人間らしいとは言わないけれども、その経験が俺の人間らしさを作っているぐらいまで言ってもいいだろう。あくまでディスプレイの上の白黒で、圧縮された文字列のやり取りで、やられていることは俺のニューロンが作るネットワークに情報を流し込んで蒸留していることかもしれないけれど、それでも俺は何かをそれで手に入れた気がしているのだ。

 

結果として得られた価値観が今のこれなら別にそこまでやる意味はあったのかと思ってしまうが、まあそのあたりを詳しく詰めてもあまり幸せになれないだろう。必要があれば問題から目をそらしてもっと楽しいことを考えようというのもBIFRONSとの対話から学んだ俺の大事な価値観だ。逃げじゃない。本当に立ち向かうべき問題へのリソース集中である。

 

「……罪という概念は、多分直感的なものなんだろうね」

 

「自然かどうかはともかく、わかりやすい導入ではあるよな」

 

「ここで言う自然というのは?」

 

「なんていうか自明とか、第一原理的とか、そんな感じのニュアンスをいい感じに読み取ってくれ」

 

「議論で定義の甘い単語を使うことについてはどう思う?」

 

「人間の限界。自然言語は記号操作に耐えるようにできていない」

 

所詮はルート2を1.414とみなすみたいな近似に過ぎないのだ。うまくやると爆発律を使って数学の問題を何もかも破壊することができるが、実用的な値を出すとなるとそういう近似は最後の最後に使うかある程度桁数に余裕を持たせて処理して最後に下の方の桁を切るみたいな運用になってくる。

 

「……不満がある」

 

「世界が綺麗であってほしいと思うのは世界に対して傲慢だからな、それを外にあまり押し付けすぎるなよ」

 

「あまり、というのは?」

 

「多少は押し付けてもいいだろってこと。別に気に食わないものは気に食わないっていえばいいし、それが他の人にとっても気に食わないことなら代弁者として振る舞ってもいい。それにこっちだって世界から色々押し付けられているんだ、それを跳ね返したり別のものを押し付けたりしたっていいだろ」

 

あまり個人を見すぎるのはよくない、みたいな話だ。そりゃまあ他者と関わる中で自分の不満を相手とすり合わせて共有するなんてことは理想だけど少なくともどちらかの譲歩は必要になってくる。そうじゃなければ最初から問題なく話が成り立つはずなわけで。

 

「私はあくまで来訪者だから、そこまで図々しくあるのは気が引ける」

 

「一つ基準があるのはいいことだな……」

 

もっと主張しろと言いすぎるのも問題だろう。本人が満足していて、周囲があまり困っていないなら、それはたぶんまあまあいい選択肢なのだ。

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