「……ひとまず案を作っておいた」
珍しく、病室で話すのは須藤さん。プレゼンテーションのファイルについてはBIFRONSに読み込ませてある。
「まず我が国の生体医療分野の主要な研究機関と、その注力分野だ」
そう言って映るのは日本地図と各地域の大学や研究機関。へえ、こういうふうになっているのか。
「ブレイン・マシン・インターフェースについては科学技術情報事業団が卓抜技術推進事業として二つのプロジェクトを回している。基本的に、日本国内ではこの二つで専門家ネットワークがカバーされていると言っていいだろう」
一つは東北を中心としたネットワーク。こちらは材料自体を専門としている。もう一つは関西・中国地方にまたがったもので、生体側の研究で基礎メカニズムをやっていくという方針のようだ。
「いくつかプランを考えた。一つは我が国で技術を独占するもの。もう一つは、今後成長する技術基盤のみを確保した上で国際的な協力を活用するもの」
「……大規模集団の場合、その相互作用はかなり複雑になるのでは?」
四十二さんが呟く。
「ああ。確か国際政治の話を最低限ではあるがやっていたな」
須藤さんが俺の方を見て言う。そういった分野は一応高リスク情報としてあらましを伝えてあるんですよね。向こうは何も知らない状態なわけで、その上で須藤さんは国益のために動く必要がある。俺だって自分の生命のために動いているのだ、彼が自分の宣誓と給与のために世界から見れば不公正な知識の保持をすることは別に思うところはない。
「そのあたりの判断について、あなたは専門家?」
「国際関係学を正式に大学で修めたわけではないからな。私はおそらく科学技術政策分野の中ではそれなりに国際関係を踏まえた分析ができる方だとは思うが」
「相対的な力量があるなら、それを信頼します」
そう言って彼女は画面を見つめ直す。
「そうか。続けさせてもらうと、もらった方針を実現するとなると適切な分担が必要だ。例えば高密度有機伝導高分子については、日本国内で研究している人がいない。類似のものを扱っているのはブリュッセルとシドニーだが、シドニーのほうでポスドクをやっていた人物の居場所がわかってない」
「アカデミアを出ると追跡が一気に難しくなりますからね」
俺が言うと、須藤さんは頷いた。
「あと名前が平凡なのが悪いな。探してもなかなか出てこない」
確かになんか普通の名前だった。もっとこう、わかりやすくしてもらわないと俺が覚えられないじゃないか。
「この人達を探して、適切な情報を伝えるの?」
四十二さんが尋ねる。
「そこでまた計画が分かれる」
俺が持ってきたノートパソコンのスペースキーを須藤さんは叩いた。
「まず一つは率先して国内に開発拠点を設置して国外の研究者を招聘するもの。ただ、今その分野をやっているからといってそれをつづける保証はない」
そう言う須藤さんに俺は頷く。大学でやったことをそのままずっと続けることができる人はほぼいない。大抵は研究室の教授や研究機関の上司の判断でやる内容が変わるし、個人の範囲で研究を続けられる分野も限られる。
例えば俺なんかは学部時代はエンジンのシミュレーションをやっていたが、その教授が定年退職するとなってどうにか材料系のところに潜り込んだ。その時にこつこつ作っていた私用の人工知能をどういうわけか評価されて、今では人工知能を使った言語の分析を名誉教授のお手伝いとしてやっている。
いや、このあたりが本当に難しくて三河工業大学の博士課程はまず機械系と情報系で別れていて、材料系の教授が情報系の人だったのです。材料系の機械学習で新しいものを作ろうというまあまあ成功している分野ですね。このあたりは最近やっと実験よりも効率的と言えるような精度が吐き出せるようになってきたが、かといって実験が無駄になるわけではないんですよ。
で、その教授は大学では人工知能の人とみなされているわけで、研究室で色々な方面の研究をしています。そして教養過程のところで長く働いていた宮部名誉教授が引退後にのんびり資料整理をしたいから生きのいいヤツを貸し出してくれみたいなトレードがあっておれが言語学者の真似事をしているわけです。BIFRONSがなかったら半年で基礎知識を叩き込むなんてできなかったので作った自分が言うのも何であるが本当に良くできたな。
「……もう一つは?」
そんな事を考えていたら半分聞き飛ばしていて四十二さんが須藤さんに聞いていた。
「研究分野の投資を回収するのではなく、方針だけ示して成果の市場で取り戻す方法。法整備などを通して臨床試験や社会実装を積極的にできる環境を構築する」
スライドが切り替わって今の日本のブレイン・マシン・インターフェースの法整備のあたりになる。今の日本は他国と比べて規制が強めであるが、これは純粋に法制度がブレイン・マシン・インターフェースに対応していなくてデフォルトのかなり安全寄りの基準が設定されているかららしい。
「必要となる薬機承認は国立医薬品医療機器試験所で行われる。私は専門外だが、このあたりを調整できる人物に心当たりがあるからそちらから試そう」
「どうやって言うんですか?」
俺が尋ねると、須藤さんは続きを促すようにこちらに手を向けてきた。
「……もし『別世界だか宇宙だかわからないところから最近やって来た人が、ブレイン・マシン・インターフェースの作り方を教えてくれました。なのでやりましょう』と言ったとしても、それを向こうが信じるかどうか、信じたとしてもハードルを超える無茶をするためにキャリアを賭けてくれるかどうか、そしてその上で成功するかどうかは曖昧ですよね」
俺の言葉に須藤さんは満足そうに頷いた。なるほど、このぐらいは前提としてほしかったわけか。
「……四十二さんは」
「私は話の内容を理解している。説明を続けて」
そう彼女に言われて、須藤さんは画面に向き直った。
「そのあたりの調整は後からでもできる。まずは可能性を考えておきたいわけだ。まだ具体的な話には進んでいない」
案外素直に須藤さんは進捗を教えてくれた。こういうのは裏で進んでいるかわからないようにした上で、関係者にも直前まで内緒でサプライズするようなものだとばかり思っていたので意外だった。