超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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プロトコル・スタック 2

国際政治におけるトップジャーナル、らしい。書かれている内容は俺でも読み取れた。まあもとの引用文献とかのデータまで当たったわけではないからどこまで正しいのかの説明はしにくいが。

 

「BIFRONSはどう読む?」

 

四辻さんが印刷された紙を見ながら言う。

 

『本システムの判断を参考にしないという前提であれば』

 

「もちろん」

 

参考にしないのに聞くのか、と一瞬思ったがこれはたぶんBIFRONSの視点をあまり基準にしすぎるなということだろう。他の色々な考えとかと照らし合わせて価値観を作れ、みたいなものだ。おかしいな世界を支配する力のある人工知能として扇動と洗脳についての技術を入れておいたはずなのだが。

 

『論文の構成および典拠に致命的な誤りは発見できませんでした。ただ、ここで説明されているモデルが必ずしも既存のものよりも多くのものを説明できる、とは限りません』

 

「有効理論だから、使い所が大切という理解でいい?」

 

『はい。特に社会科学はその側面が強く出ます』

 

おお、俺がよくわからない分野。イデオロギーなのか分析なのかはっきりしろといいたいときもあるし、本質的にその二つは区別できるものじゃないだろうというのもある。たとえ自然科学と呼ばれていたって自分の学説を主張して長期的にその研究の価値を向上させてその分野にいる自分の立場を改善していこうみたいな下心は存在するわけだし。

 

「というかあれはなんていうか、建築技術とかに近いんじゃないか?」

 

俺はBIFRONSに尋ねる。

 

『明確な正解が存在しないこと、周囲の環境との相互作用を前提としていることを踏まえれば近い側面はありますが、フィードバックの存在を加味する必要があります』

 

「サイバネティクス、だったか」

 

『既に古語、あるいは浸透した概念ではありますが、その通りです』

 

観測者が外界を一方的に見るだけではなく相互作用する存在なのだ、というのはかつては特殊な視点だったらしい。いまはそんなものは基本的というか、むしろ独立した観測者を考えること自体が例外的と言ってもいいぐらいだ。まあ物理とかでは便宜上そう置くことも多いが、化学の測定系だと観測機器と対象系との相互作用というのは考慮しなくちゃいけないことも珍しくない。

 

温度や圧力を調節するみたいな制御工学はサイバネティクスという言葉が生まれた頃に比べれば明らかに発展したし、解析解が求められなくても工夫されたシミュレーションで結構どうにかなる。生物学の分野ではいかに相互作用して、その相互作用がいかに構築され、そして進化したかなんてことが当然のように語られている。

 

こういうふうに言えるのはたぶん昔呼んだ本の影響だ。そんなもの読んでいるから思考が古臭くなるんだよ。高校時代に呼んだ本の影響で俺はニューラルネットワークと呼ぶよりも多層パーセプトロンとかのほうが好みだったりする。よく考えるとあの図書室って本の入れ替えとかされていなかったし教育機関に置くには説明がいい加減な本も少なくなかったような気がするな。

 

「それにしても、これは私のことだよね?」

 

「だろうな……」

 

論文の内容は発明とか技術発展における中心人物の話だ。今までの研究ではその中心にいたインタビューとかのミクロな方面からの分析で世界が認識している全体の流れというのが把握できていなかった。なので少しだけ周縁の場所からどう見えているか、というのを人工知能分野を中心に扱ったものだ。

 

確かに天才はいる。ただ、その天才が全てを発明するという言い方は不適切だ。アイデアを拾い上げ、形にし、広めていくネットワークにおけるハブ。それが中心人物である、というものだ。

 

そしてこの議論の面白いところは後半である。技術的特異点みたいな議論を前提に、コミュニティのノードの一つが超越的な知性を持ってしまったとする。しかし科学技術というのはコミュニティあってのものだ。一つだけが突出したところで、それでなにかが変わるわけではない。

 

存在することは知覚されることである、という哲学の概念があるらしい。逆に言えば、誰にも理解できていない理論は存在しなくても変わらないのだ。四辻さんの知識も、人間が理解できる形になるまで解体されないと社会に持ち込むことはできない。

 

つまり、そういう知性があったとしても検出することはできないだろう、というのがこの理論の言いたいことである。このあたりのロジックは背理法めいているな。かなり強い仮定を置いて、それでもなお越えられない壁はかなり強いだろう、という考え方。

 

彼らが着目したのは人工知能分野において伝説と呼ばれるような人物。コミュニティにおいては明確に有名人だ。三十年後ならここに水城さんが入っているのだろうか。あるいはその頃には人工知能という分野自体が今の活気を失っているのかもしれないが。

 

そういう人でさえ、周囲からはすぐ知られなくなる。あるいは、その周辺の流れが特定の個人とか集団に帰せられる。希薄化と再統合の過程は上手く説明されていなかったが、それはデータが足りないのと現実が複雑すぎるのとで良いモデルが作れないからだ、と言い訳されていた。

 

「だから私みたいな人がいても、気がつきようがない……」

 

「むしろ四辻さんみたいな人を活用できるシステムは、そういった存在を丸ごと飲み込んでしまうって言い方のほうが近いかもしれないな」

 

たとえそういう存在がいなくても、世界は発明と発展を起こしている。それは本来は確率的な、あるいはかなりの条件が必要なもののはずなのに、コンスタントと言っていいぐらいに論文は投稿されるし、そういう発明が予算を貰えば起こせると言ってみんな申請書を書くのだ。そりゃまあ宝くじよりかはランダム性は低いでしょうけどね。

 

そしてそういう小さな要素を膨らませて世界に実装していくような組織は、必然的に特定の天才に頼らない、あるいは天才的な要素を分解して周囲が理解できるような形に変えるシステムを有している。だからそういう知性が出ること自体は恐るべきではないし、きっともう出てきているだろう、みたいな論文だった。

 

ちなみに執筆者はASPAから支援を受けた長期技術動向予測プロジェクトのワーキングチームのメンバーたちです。あくまでこれはメインの報告書からするとおまけ枠らしいが、それはそれとしてかなり読み応えがあって面白いものだった。

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