超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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プロトコル・スタック 4

金が凄い勢いで動いている、と思う。少なくとも俺が知っている科研費の額を数桁上回るようなものが平気で動いている。企業がからむとこういう事が起こるので怖いな。

 

我が国では科学技術情報事業団が一応ファンドを作ってはいるが、それでもまあともかく足りない。とはいえ材革工程戦略(ザイカクロドマ)でカバーできないあたりはこういうところでやるしかない。

 

国立先進科学技術館がちょうど会議場に選ばれていた。そのせいか何故か周囲には子連れの人もいる。うーんなんていうか仕事にかこつけて観光するのってどうかと思いますよ。えっつい最近俺達がそれをやっていた?あれは私費でやっているからいいんですよ。それはそうとこの少年は結構本気で話を聞いているようだな。

 

やろうとしていることは中小企業総合振興事業団と手を組んでベンチャーを作ろうということらしい。果たしてそれがいいのかは知らない。とはいえ日本には海外の大企業ほどの力がないと言われればそのとおりである。

 

特に冶金分野の衰退は先進国のよくある問題だ。超電導体を大量生産できるほどの体力がある企業は中国、インド、フランス、ノルウェー、そしてアメリカ。やっぱりインドと中国は人口があって強い。インドは最近人口が減少に転じたとはいえ、少子高齢化で先を進む東アジアとは違う若さがある。

 

あとは鉱物とか精錬とかサプライチェーンとかを考えると、そこに日本が噛める余地はあまりない。というわけで加工機械とかの方に力を入れつつ、既にある日本のメーカーの技術を活用しながら、しかし本業とは切り分けられるようにスピンアウトに近いベンチャーとして立ち上げたらいいんじゃないかという内容だ。

 

まあ、細かいところを見ていくとなんだかんだ言って日本がシェアを持っている場所はそれなりにある。一億ちょっとの人口を抱えたそれなりの国家がなにも重要なものに切っていないならそれはそれで問題だがな。

 

ヒーターとか温度計測システムとか熱された金属を運ぶローラーとか、そういう意外なところに我が国の製品がある。まあもちろんちょっと外に目を向ければ中国以外十分な量を生産できないチップであるとかロシアの元国営企業がノウハウを持っている添加用のインゴットとかドイツの老舗が作り上げた測定システムとかそういうものもあるので日本がことさら強いというわけではないが。

 

「……難しい話だなぁ」

 

俺は理解はできるが納得はできない、という態度で終わった発表に拍手をする。そのあたりの敬意は内容とは切り離されるべきだろう。スライドって作るのがそれなりに面倒ですからね。

 

「そう?」

 

四辻さんが隣で聞いてくる。彼女はここしばらく経済のあたりをそれなりにしっかりやって、モデル自体はまあまあ理解できたようだ。そしてその上でなんで経済が成り立っているかわからなくなったらしい。まあ、そうだよな。

 

俺もキリスト教の文化というものをわかっていない。終末の日になんかみんなが復活して一部の人は煉獄に行くとかそのあたりのシステムも正直曖昧だ。あとキリスト教的な価値観とかもあるらしい。良きサマリア人みたいなものは別にキリスト教依存というわけではないと思うけど、それはそれとして彼らはそれを重要な価値観の一つにしているらしい。

 

というのは、俺にとっては知識に過ぎないし、それをもとに例えばヨーロッパの文化を論じるなんてことはできない。四辻さんにとって経済の背景にある人間の行動の癖みたいなものもそうなのだろう。それは丸々一つの文化なのであって、それを理解するのにはかなり長い時間がかかるものだ。俺だって人間の擬態ができるようになるまで二十年かかかったんだぞ。

 

「金が回るのは悪いことじゃないんだろうがな、どこまで上手く使えるか難しいところだ」

 

別にアメリカが物理学の研究を頑張って真っ先に重力特異点を作ったからと言ってすぐさま困る、ということはない。確かに十年単位で見れば国家安全保障とかの観点から独立して再現できる環境は必要になるだろうけどさ。

 

考えられるとしたらアメリカ、ヨーロッパ、そして東アジアだろうか。今の日中関係は比較的良好だし、中国はやっと基礎研究に長らく投資してきた成果が報われたかのようにノーベル賞受賞者も出てきている。えっ裏にある政治的決定とか、少し前の不況の時に一気に予算削られてたじゃないかって?そのあたりはほら、あまり指摘してあげないのが優しさってやつじゃないですかね。

 

「必要なところに届けるためにはある程度の無駄が必要だと思う、ただあからさまに不誠実なものは除いてだけれども」

 

「それはそう」

 

四辻さんの言い分はよくわかる。以前に研究不正というか不適切な画像に突っかかったのは四辻さんの中だとそれが修正すべき過ちの類だったからなのだろう。そこに悪意があるから罰するべきというわけじゃなくて、そこに金を投じても意味がないから入れてはいけない、みたいな。

 

そんな感じで俺はまたスライドの方に意識を戻す。金、金、金。国家には無限に予算があるわけではない。そしてたとえ金があったところで無から有を作り出すことはできない。必要な人材のレベルはかなり高いし、それを丁寧に作っていては必要とされる層との食い違いが時間経過で出てくるだろう。

 

今までは十年とか二十年とかで産業が変わるから良かった。情報系の業界が出ててきてそのサイクルが一気に変化してきた。もちろん一般的にはサイクルが人間に合わせて遅くなる形で調整されたんだけど、人工知能のおかげで人間を置いて世界が回るようになってしまった。

 

人間が追いつけないなら、ツールとか人工知能とかを追いつかせるしかないんじゃないかな、みたいなことに今はなっている。予算が大量に投じられるなら、ボトルネックを一つ一つ潰すためにそれなりの投資をしても元は取れるようになるだろう。たぶん。このあたりのちゃんとした経済学的取り扱いについてはよくわからないが。

 

「……仕事、頑張ろうね」

 

四辻さんが小さく言った。

 

「やだなぁ……」

 

俺は呟いた。だって頑張るってことは手間じゃないですか。俺は自分の嫌いなことをやって金を稼ぎたくはない。いや、ちょっと違うな。どうせ仕事をするなら楽しめたほうがいい、とかかな。あまり違いもない気がしてきた。

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