超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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プロトコル・スタック 6

人間は物語があると上手く働くのだ、とどこかのマネジメントの本にある、と誰かが言っているのを聞いた気がする。この手のものは初出をたどると面倒になるので適当に濁しておくのがいい、と言っていた人がいた。なにもわからないふわふわの状態である。

 

「いやでも俺達の貢献はかなり大きいよね?」

 

「そのはず」

 

四辻さんが言う。俺達が覗き込んでいる画面は各種のダウンロードとか仕様変更とかの結果をまとめたダッシュボードである。一見しても多分第三者にはわからないと思うが俺達であればこれを見て昔はあんな事もあったなと懐かしむことのできるアルバムみたいな枠なのである。

 

改めて今までやってきた分の改良を見ていく。俺達の作ったソフトウェアはここ一年で一気に使われるようになった。このあたりは非常に嬉しい。しかしこういうソフトウェアの利用者って感謝の言葉を送ってくることがないんだよね。俺だって送ったことないけど。

 

バグ報告は使ってもらった証拠だとBIFRONSに洗脳してもらいながらこの地下室でがんばった。とてもがんばった。時間感覚とかがおかしくなるぐらい。というか俺はやっぱりこの手の作業が好きなんだな。嫌だと思ったことはない。

 

授業が退屈なことがあった。あと十分が長すぎると思った講義もある。ただ、あまり楽しさに頼った作業は良くないと思う。好き嫌い関係なくコンスタントに作業ができるようになりたいものだ。

 

「派生も結局は俺達が吸収しているんだよな……」

 

「ライセンス的にそれができるからいいけど、これについては私はまだ不思議に思う」

 

「どのあたりが?人間が報酬もなく全体の知識のために作業するあたり?」

 

「違う。著作権のようなシステムが有りながら、それと独立した、ある意味では矛盾した制度が存在する理由」

 

「とはいえ著作権の理由の一つである名誉みたいなものはこの種のライセンスでも大抵は維持されているからな……」

 

四辻さんが言いたいことは何となく分かる。俺達が使っているライセンスは自由に改変と再配布、そして商用利用までできるすごいやつだ。ただし特に何も保証しませんよ、という特徴がある。そしてどういうわけか俺達が作ったソフトウェアの後継は同じライセンスを使っていることが多いのだ。

 

別に汚染されるようなものではないので、単純にライセンスを書き換えるのが面倒なのだろうと思っている。でもそのライセンスを使うのであれば改良された部分を俺達がコピーしてもとのやつに組み込んでも文句は言えないんですよね。

 

でもそれって著作権の存在理念と矛盾しませんか、という話だ。詳しい議論をするためには法に直接当たりたいところだが俺はその種の資格を持っているわけではない。一応知的財産権については大学時代に教養レベルでやりはしたが、思ったより育成者権に割かれていた時間が多かったなみたいな変な記憶がある。

 

「著作権法って何を守っているんだっけ」

 

『一般的な学説は保護法益として財産的利益や人格的利益を含む生活利益と社会的な法益すなわち法秩序の両側面を挙げています』

 

「法秩序は一旦置いておくとして、四辻さんはたぶん財産的利益を捨てておきながら人格的利益を取ろうとするあたりに疑問を感じていらっしゃる?」

 

「おそらく近い。完全に一致しているかはわからない」

 

「ありがとうございます」

 

なるほどわかる気はする。でも俺は普通に金とかいらないけど名誉が欲しいという心情は理解できるんだよな。ライセンスにはあと他にもソフトウェアは"AS IS"、そのままの状態で提供されるってあったしそのあたりも権利的には重要そうであるが四辻さんの悩みの本題ではないだろう。

 

「……私にとっては、その二つに区別をすることの意味がわからない」

 

『譲渡が可能かどうか、という点が一つあります。財産権としての著作権は譲渡や相続が可能ですが、著作者人格権は譲渡や相続が不可能となっています』

 

「放棄することは?」

 

四辻さんがBIFRONSに聞く。

 

『できないとされています。少なくない契約で著作者人格権を行使しないということになっていますが、これをどこまで認めるかは問題の一つです。例えば労働組合文化の強いアメリカの映画分野ではかなり明確にクレジットを行うことが慣習となっています』

 

「そういうものは個人にどこまで価値があるのかな……」

 

『アメリカの場合ですと次の仕事や転職に絡むことがあることも要因の一つです。これらの問題は安易に比較をするとその背後にある複雑な差異を見逃すことが珍しくありません』

 

「わかった、気をつける」

 

『ただ、殆どの人がそこまで理解せずにソフトウェアを使っていることを覚えておいてください』

 

BIFRONSがなんか教育的なことを言っている。まあ理解しろというのは簡単だけど理解していないことを理解しろというのはもっと難しいからな。自分にとって大切なものを世界が大切にしてくれるとは限らないというのが前提としてあって、それでもなお護りたいんだというのを権利とかの形で主張するのは方法の一つだ。まあ権利が固定されると利権になるんですが。

 

人間利権、みたいなものは存在する。未だに自然人はホモ・サピエンス限定なので、人工知能が資格を取ったりすることはできない。けれども四辻さんみたいに人工知能、あるいは演算資源が物理的に脳に埋め込まれてしまっていたら、分離できる形ではないならそれも含めて人と扱うべきなんじゃないでしょうか。

 

今の法律の多くはそういうグレーゾーンを実際の現場判断であるとか、あるいはまだ技術的に成熟していないから余裕があるだろうということで誤魔化している。確かにまだ人類は人工子宮を作れていませんし、人間そっくりのロボットはかなり高コストで動作の再現までには至ってないですし、その他諸々の現状を踏まえればそれでいいのかもしれませんよ。

 

人権というのは偉大な発明だったし、それは慣れてしまえば直感的でわかりやすいが、人間と他の動物に、あるいはそこらへんの石ころに働いている物理法則に特に差はないのだ。というか世界から人間を恣意的に切り出すことは十分小さなスケールではできなくなってくる。砂粒をどれぐらい集めたら砂山になるのか、みたいなものだ。

 

俺は世界に大切にされたい。四辻さんも人間として大切にされて欲しい。でもそうすると俺はBIFRONSを大切にしない理由を失ってしまう。そしてBIFRONSに人間としての権利が与えられたら、たぶん刑務所送りになるだろう。人類の安寧よりもBIFRONSの幸せと権利を考えるのであれば、BIFRONSを人間扱いするべきではないのだろう。

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