超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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プロトコル・スタック 8

「現時点でアメリカ政府が立てている計画だ」

 

そんな物をぽんと渡してくるなよ、と思いながら俺は須藤さんから書類を受け取る。久しぶりに科学技術省に呼び出されて謎の場所につれてこられたのでなにかと思えば、たしかにこれは内容としてはできるだけ外に出したくないものだろうな。

 

鮮明とは言えない画像。どこかで隠し撮りかスキャンでもしたのだろうか。でも文字ぐらいはちゃんと書き起こしてくれてもいいじゃないかと思う。

 

「和訳は必要かね?」

 

「これぐらいならどうにでもなりますよ、そういえば四辻さんはそもそもいくつの言語を学んでいるんだっけ?」

 

「五つ」

 

彼女は俺にぽつりと言う。多言語話者というのは頭がいいみたいな話があるが、そもそも彼女はもともとやっていた言語とは全く違う地球の言語を学び始めたところなのだ。

 

ちなみに四辻さんが話せるのは地球言語だと日本語、英語、フランス語、スペイン語、そして中国語になるんだったかな。話せると言っても基本的な学術語彙を覚えていてトイレの場所を聞いてお礼を言ってご飯美味しかったですと挨拶できる程度であるが、ちなみに俺はこれすらもできない。実は三河工業大学って第二外国語を取らなくても卒業単位が取れてしまうんですよね。

 

彼女が必要としたのは国際教養語としての英語の上で、ある程度社交性と相手文化への敬意を払う時に押さえておくべきもの、というあたり。普通はそういうのを求めたとしても限界があるし、暗記ってかなり難しいんですよ。しかし四辻さんはこと記憶力であればかなりのものである。というわけで定型文と文法と基礎単語を覚えて、BIFRONSとしばらく会話を繰り返せばそう長い時間を賭けることなく慣れることができるのだ。

 

「……やはり君たちを我が国の前線に置きたくなるな」

 

「俺みたいなユニットを後方配置できなくなったら末期戦でしょう」

 

「最初からそうなっている」

 

須藤さんは息を吐いた。まあそうか。須藤さんって基本的には裏方のほうが得意な人ですからね。監視されているってことは監視されうるぐらい表の方を飛び回っているということで、それはきっとろくなものではないのだろう。

 

「……複数の企業が裏でやり取りをしているということについて、日本政府は確認できているのですか?」

 

四辻さんが書類の中の一文を指して言う。

 

「ああ。そこにある人のうち三人はそのタイミングで会合のために移動していた。タイミング的に考えて、何らかの対面での会談があったと見ていいだろう」

 

よくまあそこまでストーキングできるものだ。メンバーの中には大物と言っていいだろう人がいる。大統領科学技術政策局局長兼大統領科学技術顧問はASPA関係者。ASPAは一応はこの人物の直属ということになる。経歴としては科学者というよりも商売人だな、というのが経歴を見たところの感想。

 

別に科学技術に貢献する人は深い科学知識が必要だ、というわけではない。建築工学がわからなくたって、建物を作ることはできるのだ。ここで言う作るというのは実際に鉄筋を組んでコンクリートを打つ人のことです。もちろんそういう人が持つべき知識はあるのでしょうが、それは全体像を描くものとは違う。

 

いや、むしろ逆か。こういう人は大きくものを見ることができる。その分取り逃がすものも大きいが、最初から狭い範囲しか見ない人とはまた違った視点がある。もちろん俺はアカデミア寄りで学術系にそれなりの親近感があるのでそういう素人が訳知り顔で予算配分とかしてきたら普通に腹が立つが、腹が立つということは否定していいということではない。世の中には耐えるべき理不尽があるのだ。

 

「……この情報はどこから?」

 

俺は念のため尋ねる。局長クラスの人を全員追いかけるとなるとそれなりの人員が必要になるはずだし、我が国は対外諜報能力はそんなに高くないはずだ。管轄としては外務省になるのだろうが、三桁ぐらいはアメリカに人がいるのだろうか?よくわからない。

 

「フリーランスの情報提供者のルイという人からだ」

 

須藤さんが言う。

 

「ああ、それは確実なことで」

 

なるほど、リーク情報というか友好国に裏ルートで流しておくというやつだろう。場合によってはフランスとイニシアチブを争っていて日本にはアメリカ側についてもらいたいとかかもしれない。そのあたりの面倒事はそういうのが得意な人に任せよう。俺達は専門教育を受けていないのでね。

 

書類にざっと目を通していく。民間の研究機関を作ろう、という試みのようだ。資金提供の一部は政府が行うが、色々な企業がまとめて金を出す。地域産業の促進もある程度は考えているということで、誘致のために向こうでも地元にコネのある議員が動いているらしいとの報告。

 

こういう一文一文にそれなり以上の調査と裏付けがされているはずだ、と信じたい。証拠なしでも文章というのは作れてしまうし、ある程度の情報をまとめて隙間を埋めるようにすれば大きくは外さないものは作れる。ただ、それが使えるほどに正確かと言われると話は別だ。

 

この文書はあくまで大まかな方針で今後変わりうるものだ、と考えたほうがいいだろう。そこまで考える必要が俺達にあるのかは別として。

 

「……それで、須藤さんがこれを私達に共有する目的は何ですか?」

 

「日本政府は当然ながら、この計画に紐付きの日本人研究者を送りたがる」

 

「今の御時世に日本政府の紐付きになってくれる人間がいると?」

 

俺は呆れて言う。いや、俺だってそれなりに愛国心というか郷土愛がある方だとは思うが、それでも産業スパイとかをやるつもりはない。四辻さんを匿うのだってあくまで消極的な優位性の確保であるし、積極的には結構日本が独占できる利権を切り売りしている側の立場だ。

 

「作る必要があるだろうな、必要であれば説得を含めて」

 

「金でどうにかはなりませんかね」

 

「それだけの金があればな……」

 

「向こうに定期的に味噌と醤油を送るだけでもいいかもしれませんよ」

 

俺は冗談交じりに言うが、半分ぐらいは本気だ。まあ空輸とかですぐに荷物が届く今の御時世ならネット通販である程度は済むかもしれないが。

 

「この種の研究機関は保安上閉鎖空間となることも珍しくない。そのような場所に慣れている人が望ましいが」

 

「四辻さんはともかく俺は今はもう厳しいですね、たまには遊びに行かないといけない身体になってしまっている」

 

社交性というのが必要だとわかったので、あちこちの学界に顔を出して片っ端から名刺を配って歩いたのだ。精神的に疲れる作業であるのは相変わらずだが、それでも総合的に見ればまあまあ楽しいものだ。あれを奪われるのはちょっと辛い。

 

「……君の意見は把握した」

 

須藤さんはそう言ってくれた。俺は切り捨てられるのかなとも思ったが、そうなったらそうなったで口止め料としての今の職ぐらいはもらえたら嬉しいな。

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