超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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プロトコル・スタック 9

BIFRONSのコピーが求められた。というわけで俺達は大日本電算にやってきた。手持ちのジュラルミンケースの中にはペタバイト級のデータがある。これを解読するためには四辻さんが暗記している512ビットの暗号鍵を入れる必要があります。

 

長いように思われるかもしれませんが英数字換算で文字数にして70文字ぐらい。四辻さんの記憶能力なら簡単に思い出せるものである。そしてこのパスワードを使って最初の暗号展開プログラムを解いてから、そこからさらに圧縮されているパラメーターを持ち出すというのが今回の仕事です。

 

大日本電算株式会社が持っている研究施設は都心から電車で一時間半ぐらいのところの工業地帯の真ん中だ。駅からは一時間に三本ぐらい出るバスで十五分。歩いていくこともできる。なお今回はタクシーだ。まだ俺達はタクシーを気軽に使えるような身分ではないので、やわらかいシートと独特の匂いにしばし浸っていた。

 

「ではこれを」

 

そう言って首から下げる名札を渡してくるのは大日本電算株式会社の東日本営業部次長、秋野さん。なんとホログラムと顔写真付きだ。これをすぐに偽造するのは正直言って難しいな、と思う。一時的な入場者にここまでやるのか、というのとここまでやる必要がある場所なんだろうな、という実感がある。

 

守衛さんにしっかり確認をしてもらって、持ち物のチェックも。持ち込み物自体が普通にまずいものではある気がするが、そのあたりは話が通してあったのか問題なかった。

 

「警備が厳重ですね」

 

四辻さんがオレンジ路の歩道を歩きながら言う。隣を小さなバスみたいなものを通っていった。

 

「そうなんですよ、我が社の顧客の中にはそういったセキュリティがしっかりしているところと取引をしたいという人も多くて」

 

「過剰と言われることは?」

 

「やみくもに投資しているわけではありません。一つの場所を強化するよりも、複数のルートを総合的に対策することで攻撃コストを上げるとともに、問題が発生した時に即応できるようにしています」

 

そう言って結構自慢げに秋野さんは設備を説明してくれる。俺達のことを信頼しているのか、あるいはそれぐらいは明かしても良い手札だと考えているのか。挨拶してくる人が多いあたり、セキュリティ意識が高いらしいことは読み取れる。

 

「ここです」

 

秋野さんが立ち止まった建物は、全体の敷地から見ると西の端にある場所だった。建物には第三計算センターと書かれている。

 

「この建物は、何に使われているんですか?」

 

俺は尋ねながら秋野さんの開けてくれたセキュリティドアをくぐる。

 

「先端産業に対応できる計算機群を備え、人工知能や高度科学計算の運用を行っています。特に高度な情報管理が必要な製造業や製薬業、あるいは国の機関からの受注が多いですね」

 

「……これを回すようなこともできる、と」

 

そう言って俺は持ってきたジュラルミンケースを持ち直した。

 

「はい。私も須藤さんから依頼されるような仕事を何回かやってきましたが、この施設はそれらに対応してきました。とはいえ大口契約が方針転換でなくなったのは痛いところですけれどもね」

 

秋野さんは笑って言っているが、安全保障上は別に笑えるようなものではない。つまり我が国の秘密裏の核武装計画が解体されたから、机上計算で終わる分野に今まで注ぎ込まれていたリソースが別のところに回るようになったというわけだ。いくらかは表の金のほうで補填されるとはいえ、秘密の仕事をしていた人がいきなり表の仕事に慣れられるとは限らないだろう。

 

確かにある程度の基礎知識を持った専門家が扱う分野を変えるのはよくあるし、おそらく他の人よりは転換速度も上だろう。ただ、それは時間がかからないことを意味しないのだ。四辻さんみたいな異常存在を見ていると忘れがちであるが、先進国の多くの人間は十六年ぐらいの教育があって新社会人になっているし、その上で数年間の研修と実勢経験があって一人前になるのだ。

 

こう考えると十六から働いて二十歳過ぎで結婚できる程度には食っていけるようになった時代というのは恐ろしい。それだけ現代には稼ぎにくくなったのか、あるいは搾取が許されなくなったのか。このあたりについては世代をまたいでしまえば共有できる価値観や基準が一気に減っていくので安易に比較ができない。

 

「セットアップは彼らが担当する」

 

「よろしくお願いします」

 

秋野さんに何人かの職員を紹介される。もちろん名前を聞いたことはない。ただ、彼らの作業は比較的慣れているように感じた。

 

開けられたジュラルミンケースからケーブルを伸ばし、四辻さんがコンソールにパスワードを打ち込む。一致が確認されると展開が始まっていくわけだ。

 

日本政府が持っている人工知能は、今のところの国際情勢について思ったより普通の分析をしているようだ。つまりインターネットとか人工知能に並ぶ技術発展の並がついにハードや材料にやってきたのであって、今までの巨大な産業転換の波の一つ、あるいは情報化の成果の一つに過ぎない、と。

 

もちろんそれはある意味では妥当だ。俺達のやってきたことはそれまでの人類の積み重ね上がれば形にはならなかっただろうし、逆に言えば積み重ねにほんのわずか上乗せするような内容しか提示しても受け入れられることはなかった。四辻さんが扱える知識の範囲において重力特異点の話は大きなマイルストーンではあるが終着点ではないのだ。

 

「起動できました、プリセットの方は?」

 

「中に入っているはずです。あとはブートストラップで展開できるかと」

 

BIFRONSの拡張性はそれなりにあるが、なかなか面白いところの一つは必要に応じてツールを作成する能力だ。一度俺はこれを使ってほぼ0からBIFRONSを組み立て直したこともある。結果としてあまりうまくいかなかったがいくつか面白いアーキテクチャを得ることはできたし、それは今の先工研で回っているBIFRONSの使っているノードの一つになっている。

 

計算機の仕様率が上昇していく。どんなファイルにアクセスしているのかのログを見ることはできないのでもっと雑な三次元上の点が結ばれたグラフでそれっぽいものを表示している。

 

俺も四辻さんも、あるいは日本政府でもできない、ちょっとした難しい問題を解いてもらう必要がある。もしこの世界に超越的な知識を持ち込んだ人がいた場合、その人間はどのように影響力をもたらすのがいいのだろうか、という内容だ。

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