超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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プロトコル・スタック 10

政府が契約している秘密研究機関の資源を使って条約違反の人工知能を回して国際情勢を分析させる、と言えば表面上はなるほどSFだなとなるだろう。少なくとも俺達は白衣を着て高笑いしてチカチカと光るLEDと吐き出される紙テープを見ていなければならない。

 

実態はどうかと言いますと演算資源は廊下の窓の向こうの部屋に詰まっていてここからでもそれなりに空調関連の音が聞こえる。基本的にサーバーには可動部品がないので音は冷やすためのものなのだ。

 

「進捗はどういう感じですか?」

 

覗き込んでくるのは秋野さん。

 

「まだですね、そもそも情報の整理から必要なわけで」

 

俺は言う。ここの建物の人は基本的にやばめの研究に携わっている人らしい。しかし計算量と人員は必ずしも比例しないのだ。並列処理には通信速度によるボトルネックという限界があるので複数の計算を回したほうが効率がいいが、並列計算ができてかつできるだけすぐ結果が欲しいみたいな状況だとこの三階建てのサーバーたちを丸ごと一つの目的で使うこともあるようだ。

 

このあたりのスケジュール管理とかも正直かなり気になるところではある。俺がBIFRONSに回すようなやつは多少は読めるとはいえ、それでも結構無駄が出たりしているのだ。BIFRONSをスケーラビリティーのある設計にしてあるので隙間でBIFRONSの記憶定着とか再計算とかに回せるから多少はなんとかなるけどさ。

 

見積もり時間は六時間。そんなものか。もっと小さい資源で数日かけて計算してもいいのだが、ではどこで計算するんだという話になってしまう。ここならもっと危ない計算をしているから多少は大丈夫という考えはそれはそれで危ない気がするな。

 

ちょっと気になったのでコンソールの開く端末を叩いてログを見ていく。片っ端から文献に目を通し、データを分析し、そこから見つけた構造とモデルをもとに、仮説を試していく。未来の予測は人間にも人工知能にも難しいことだが、いくつかの統計は人間よりも人工知能のほうが多少は予言が得意らしいということを示している。

 

背景にあるのは世界がどれだけ異常なものを信じることができるか、ということだ。例えば地球が平面だという話は、現代においては嘲笑していい思想とさえみなされている。そういうのはあまりお行儀の良いものではないと思うが、たとえ下品だとしても他人を嘲笑うのは娯楽としてなかなか悪くないものだ。ジャンクフードは身体に良くないとしても美味しいものなのである。

 

「データはどのあたりを見ている?」

 

「たぶん科学技術研究のパターンだな……」

 

歴史には後から評価された理論というものが珍しくない。それと同じぐらい再発見者とか後からの整理者が発見者としての功績を持っていってしまったのものもある。そもそも定理とかに名前をつけるのはどの程度いいものなのだろうかみたいな議論も哲学系ではありますからね。

 

特に人工知能関係だと複数の人間が関与することが当然になってきている。一人の天才が新しいモデルを作るなんてことはなくて、色々と人工知能の支援を受けて試されたモデルのうちよさそうなものが論文と一緒に公開されることのほうが一般的なのだ。

 

もちろんそういったモデルの中にもかなり幅がある。俺が扱っている(lobe)構造のアーキテクチャなんかはあまり人気がない。いや、実際には搭載しているモデルはあるんでしょうが普通のチャットボットとかエージェントに使うには向いていないんですよね。

 

自律して目的を拡大してくようなシステムに、(lobe)構造は適している。では単純な問題ですが、自己拡張を勝手に行う人工知能を隣人として持ちたいですか?確かに日頃の細かいことを見て覚えてもらうのには便利なのだが、ディストピア耐性がなければ普通の人は耐えられないだろう。よく考えると四辻さんは異常だな。

 

とはいえ俺達は暇になっている。この計算施設は通信とかもできるだけ遮断するようになっているので特に持ち込んだものもないなら退屈なのだ。というわけでそこらへんのあまり使われていない長椅子などで寝てしまう。けっこうここで寝ている社員もいるとかいないとか。仮眠室もあるらしいですけどそこまでお世話になるわけにはいかない。

 

そんなことをしていたら夕方になり、計算が終わっていた。急いで確認をして、早く次の計算を回したいところである。できた文書は数メガバイトのものになった。人間が一通り目を通せる限界ぐらいの量である。これ以上だとそもそも読めない。専門書数冊と言ったところだろうか。

 

脳に詰め切るのに八時間ぐらいだな、と容量を見て考える。普通に製本して読んだらその数倍時間がかかるだろうが、慣れていて、かつ脳へのダメージを無視すれば結構なんとかなるのだ。脳のダメージというのは具体的にはその後一日か二日ほど論文とか報告書みたいな文体になる。話し方も思考も書く文書もだ。

 

「ひとまず結論だけ読んでいい?」

 

「そっちに回す」

 

俺はそう言ってノートパソコンを取り出してデータを移す。このサーバー内に保存されているものは次の計算で上書きされてすぐに消えるだろう。それにこのレポート自体は別にそう危ないというわけではない。前提に四辻さんという異常な存在とそれを匿う日本政府というのを入れているだけだ。

 

これを読むのは、多分須藤さんだけなのだろう。ある意味ではかなり贅沢な情報だ。もちろん俺や四辻さんもそれに目を通すことになるのだが、理解して使いこなせるわけではない。

 

四辻さんがかけたサングラスと手持ちのノートパソコンを同期させ、俺が調子の良いときだけ読み取れる速度の1.5倍に設定してテキストを切り替えるように表示させる。四辻さんのブレイン・マシン・インターフェースに直接データを流し込めれば一番楽なのだが、そういう事ができる仕様ではないので諦めるしかない。

 

「……面白いね」

 

そう言って四辻さんは微笑んだ。俺も本当に流し読み程度だが画面の文章を見ていく。大きな問題は起こり得ないだろう、というのがBIFRONSの結論だった。とはいえ大きな問題の定義が少し難しいところだ。厳密には俺達の存在が核戦争を起こす起こさないレベルで影響することはないだろう、ということらしい。そもそも起こるのであれば俺達がいようがいまいが、ちょっとぐらい技術が進もうが停滞しようが、避けられないからだという。そういうものなのかね。

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