超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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メタステーブル・ステート
メタステーブル・ステート 1


「……あまり信じたくないものではあったな」

 

報告書を読んだ三人で行うブリーフィングで、須藤さんは少し不満そうだった。あるいは俺達にもわかるように態度を顔に出してくれているのか。いや、あまり読み取った他人の感情をコミュニケーションの前提にするのはよくないな。純粋にそれを隠さなくてもいい人間関係を構築できていると考えるべきかもしれない。

 

最近は色々と会合とか有識者会議とかがあって、暇があれば俺は傍聴に顔をだすようにしている。それがあるから科技省に顔を出しても怪しまれない、と思いたい。

 

「投資に見合ったものは手に入るでしょう。私達に使った経費は必要な支出だったと考えるのはどうでしょう」

 

「本人に言わせるべきではない言葉だな」

 

須藤さんは四辻さんに言う。もちろん普通ならその金で暮らしたり匿ってもらっている四辻さんがそれを言うべきではないのだが、そもそも俺達が政府の金で彼女を軟禁しているのだ。

 

BIFRONSがまとめた報告書はまあまあ面白かった。というかたぶん読者を飽きさせないような工夫をしているな。あまりやりすぎるとエビデンスよりもナラティヴを優先させてしまった時代の二の舞になる。いやまあ、あれが間違っていたとは思わないのですけれども。

 

人間は証拠よりも物語で動く。人間の幸福の最大化を目的とするのであれば、都合の良い物語を与えればいい。人間はそういうのが大好きだ。誰も知らない真実を知ったとか、自分の努力で今まで知らなかったことを理解できたとか、そういうものが研究者と陰謀論者の原動力になっている。陰謀論者が否定されるのは彼らが特に何も生み出さない安易な発見活動に従事しているからであって、もう少し大変だけどちょっとはマシなものが見つかる業界にはやってることがほぼ陰謀論者みたいな人は珍しくない。

 

「ひとまず俺の理解を共有してもいいですか?」

 

俺は手を挙げて言う。確かにBIFRONSとも確認をしたが、あくまであれは一つのシステムに過ぎない。その出力には偏りがあるし、そのすべてを俺が受け取ることもできない。なら人間と会話して理解を深めるのはなかなか悪くない手段というものである。

 

「頼む」

 

須藤さんに言われたので、俺は頭の中で回していた言葉を口に出していく。

 

「基本的に人間は理解できるものしか理解できないし、別の宇宙から超技術を持った存在が特に善意も悪意もなくやってきた、なんてことは影響力を考えれば考慮するに値しない仮説になる、ということですよね」

 

「ベイズ推定における尤度関数みたいなものが共有されていないのだろうな」

 

須藤さんの言葉に俺は頷く。例えば現代のコンピューターは1947年にニューメキシコ州で墜落した飛行物体からネバダ州レイチェルにあるホーミー空港の地下でスカンクワークスの手によってリバースエンジニアリングされたものから来ている、なんて可能性はほぼない。

 

まずそれ以前から計算機科学はある。確かにあの当時に異様な技術発展はあったし、もし地球人だという事前情報がなければノイマンは火星人だと考えたほうがもっともらしいかもしれないが、少なくともそこまでして説明しなくてはいけないことはない。

 

無茶な仮説を導入すれば、色々なことを上手く説明できる。けれどもその仮説が新しい何かをそれまで以上に上手く説明できないのであれば、その仮説を導入する意味はない。オッカムの剃刀というやつだ。

 

「BIFRONSの予測がどれぐらい妥当かを判断する基準は俺にはありませんが、個人的にはBIFRONSの予言なら月収ぐらいは賭けてもいいですね」

 

とはいえ俺がこう言えるのは給料が口座に溜まっているからである。半年ぐらいは四辻さんを連れて暮らせるかな。逃げ続けるとなるとお金が足りなくなるし、そもそも俺が見つからないような生活を送れるとは思えないが。

 

「……四辻さんのことについて、公開するべきだろうか?」

 

「どこかで顔出しをさせてもいい気はしますね、デビュタントというやつでしたか?」

 

「婚姻費用支払義務を負いたくはない」

 

四辻さんがはっきりと言った。なるほど俺達は望まぬ婚姻を少女に迫る悪の大臣とその側近枠か。少女という年齢だろうか?二十過ぎというのは歴史的に見ればもういい齢である。現代日本においては結婚自体がそれなりにレアイベントと化して久しいので結婚適齢期みたいな概念は消失してしまっている。

 

「どのような遺伝的問題が発生するかが未確認であることを念頭に置いてくれると助かる」

 

「もちろんです」

 

四辻さんは須藤さんに顔色一つ変えずに言う。いやまあタブーではないし俺もかつてはそれなりにその手の話をちゃんと伝えたしBIFRONSの教育カリキュラムに入っているしそれを特別視するほうがこと四辻さん相手ではよくないとは思うのですが、人間性を擬態しているとどうしても人間らしく考えてしまう時があってよろしくない。

 

「話に戻りましょう。BIFRONS側の分析では四辻さんを積極的に出したほうが長期的リスクが下がるとなっています。誘拐するにしろ暗殺するにしろ、隠されている人物に対してやるより公にいる人物にやったほうがコストが上がるから、と」

 

「しかし常に公の場に出すというわけにも行かないだろう。彼女が異常だということはちょっとした検査でわかる」

 

「そういえば遺伝子改造されているんでしたね……」

 

BIFRONSの作った報告書にもあったのだがすっかり忘れていた。まあでもそこら辺の人の遺伝子を回収して分析するような変な人なんてそうそういないか。現代ではご家庭でもDNAシークエンサーを動かせるご時世なのでちょっとリスクを考えるべきかもしれないな。

 

バイオテクノロジーは停滞した分野だと言われて久しいが、ちょっとかじった程度の俺でもわかるほどに基礎水準が2000年に入ってから向上したように思う。健康診断で遺伝子検査がついてくることは普通にあるし、設備の揃った高校なら手作りのプラスミドで細菌のゲノム組み換えとかもできる。塩基を並べる酵素とかも人工知能のお陰で色々と効率化されていますからね。

 

だからまあ、理論上は数百万円あればガレージにそういう設備を置ける時代になったのだ。スタートアップがいくつもできるにはちょっと安全上の基準とかがあるので難しいところなんですけどね。

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