外交情報というのは、当然ながら秘密が多い。政府の中でちゃんと動いてはいるらしいとは須藤さんから軽く聞いているし、中根さんもなんかあちこち動いているらしい。人員が少ないというのは難しいものだ。
そして俺達はべつにそういう外交筋に知り合いがいるというわけではない。その手の仕事をしている人の多くは口が堅いし、不用意に情報をインターネットに流したりしない。新聞とか政府の広報が伝えてくる情報には覚書を交わしたとかそういう断片的なものは出てくるけど、ではどこで誰がどう会っているのかまではわからない。
なにせ会場付近にはかなり色々な人が集まっているはずなのだ。まあまあ高級なホテルとなれば外交団にそれに合わせてやってきた企業とか機関の人、記者に経済系の人まで色々揃っているだろう。彼らがホテルのロビーでする世間話は、俺達には届かない。
「でもまあ、色々と手はあるんですよ」
俺はそう言いながらBIFRONSとARIE、All-type-source Reading & Information Evaluatorを組み合わせたものを起動する。二つの知性をぶつけるととてもたのしい。それは会話とか議論とかからもわかる。
仮説の立案、評価と検証、そして結果の表示。二つのシステムが合意できるところは緑に、両方とも否定しているものは赤に、対立しているものは黄色に塗られ、そして黄色の理由が詰められていく。世界地図とそこから伸びるノードがカラフルに切り替わっているようにしか俺の目には見えない。
四辻さんはブレイン・マシン・インターフェースにケーブルを繋いでいる。完全な規格の再現はできていないが、簡単かつ回復性のある刺激を送るだけならなんとかなるらしい。ビープ音とか、肩をたたかれるとか、そういう感じの信号の入力。
そしてそれはあくまで補助だ。それでも話すのと同じぐらいの速度で情報を流し込めるらしい。トンとツーだけを使っていた電信でも相当な速度が出せるのだ。うまく符号を調整すればかなりのところまで行けるだろう。
そして四辻さんはARIEの補正システムでもある。俺がBIFRONSの外付けの肉体だったように、彼女はARIEを調整するために色々とやっているようだ。彼女の方法で世界を見れば、色々なものがわかるだろう。
その景色を、俺は直接共有できない。それはかなり悔しい。でも、よくあることだ。俺は水城さんにみたいに世界を楽観的に見ることができない。あれは一つの才能だろう。俺しか見えないものも多分ある。十年以上かけて数多のモデルを経験してきた人間が持つ勘みたいなものはどうやらアーキテクチャというか物理実装にそれなりに依存しているらしく、まだBIFRONSに完全に移植することはできていない。
そして今のところ、戦況は我らがBIFRONSにとってあまりよろしくない感じになっている。双方がまだ証拠のない状態のものを提示し、その判定を調査によって行う。この種の検証は色々と気をつけなくちゃいけないことも多いのですが、そのあたりで馬鹿なミスをするほどBIFRONSもARIEも愚かではない。俺達だって丁寧にチェックリストを埋めて議論していけば不可能ではないのだ。
「……どう?」
「参加している各国は動いている、と思う」
「この手のやつは先んじて動かないとまずいことになるって人工知能の話が示してしまったからな……」
昔の話、まだ今ほど人工知能が浸透していなかった頃。今から見ればおもちゃみたいな水準の人工知能が国家によって規制されたり外交に使われたり機密扱いされることは珍しくなかった。
ただ、それを当時の人達の怯えとか誤りとかというのは間違っているだろう。それは事実、脅威だったのだ。現代において弓矢が使われていないからと言って、弓矢に威力がないわけではないみたいな話である。それらは普通に人を殺せるが、もっと効率よく人を殺せるものが出てきたから廃れただけである。
法整備とか条約とか本当にあの時は大騒ぎであった。シンギュラリティだの何だのがそろそろ来るけどまだもう少し先と言われていた時代に、思ったより近いぞと突きつけられたようなものだ。終末感を煽るだけ煽っていたコミュニティの中で起こっていた内部分裂を見るのは楽しかったが、乱高下する株価はあまり面白くなかったらしい。
まあそんなわけで、四辻さんがもたらした技術まわりもやばいことになるんじゃないかという認識が思ったより早期に形成されているようだ。人工知能たちの分析によればアメリカがその中心にいるらしい。どうせルイさんとかそのあたりだろ。
うまく行ってくれれば、産業の少なくない割合がそちらに切り替わる。それ自体が成果を生む必要はない。築かれた基盤が新しい人類社会の何かを作るのに有効な余白を作ってくれればいいのだ。
本来電気は灯りのためだけに各家まで送られていた。それが動力に、情報表示に、処理に使われるようになった。あるいは情報だって本来は個人がそこまで積極的に発信することは考えられていなかった。人工知能だって浸透するまでの間にいろいろな形が試された。
四辻さんは、土台を提供してくれる。その上に何を作るのかは俺達次第だ。まああまり派手なものは作れないだろう。量子コンピューターの性能がかなり上がって、一部のセンサーが発展して、計算機の一部がアナログというか
それより先は、正直わからない。例えば鉄に炭素をいい感じに混ぜると強度が上がるとわかったところで、ではそうやって作った鋼を板にして船を作ろうというふうには普通はならない。せいぜい装甲として貼るぐらいだ。歴史上はリベットとか溶接とか、あとは鋼の大量生産とかが追いついてやっとできた技術である。
四辻さんの場合、必要であれば頭の中からある程度の知識を引き出すことができる。思いつかなかった分野でも聞かれれば答えられるのと同じだ。そのあたりを全部洗い出すことはできていないし、いまでもぽつぽつと回収漏れみたいなものは見つかっている。
世界はいつも変わっているが、この頃はさらに変わりそうだ。そしてそれがどう転ぶかを見てから動かないと失敗するが、遅いとそれはそれでまた失敗になるので難しいのだ。