超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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メタステーブル・ステート 7

ドイツの連邦郵便電気通信省事務次官が投稿したSNSの画像に映り込んでいたメンバーのリストアップが三十秒で終わる。恐ろしい時代になったものだ。

 

そこから作り出されたネットワークをARIEが整理していく。うん、このあたりは外交分析っぽいね。かつては人間が丁寧に頭の中とか地図の上とかでやっていた作業を高速に自動化しているだけである。

 

「で、結局は情報不足ね……」

 

俺は出力結果を見て呟く。基本的にこの種のシステムはあらゆることに根拠を用意させる必要があるが、これには二つの問題がある。一つ、人間はそれらの証拠すべてを見ることができない。二つ、人工知能は必要であれば証拠をその場で作ることができる。

 

ゼミでされた質問で論文の読み込みが甘いところを突かれるようなものだ。Fig. 6の縦軸の次元が式とあってないんじゃないですかと言われて口先でどうにか誤魔化した後に「いやこれ式自体が間違ってますよ、なので古瀬さんの言ったことは嘘になるのでは」みたいなことを言われた経験のある俺からすれば人工知能にも多少同情するところはある。

 

つまり十分賢ければ、ある程度の前提を都合良く組み合わせることで結論に引き寄せることができるのだ。そしてそれがもっともらしいのかどうかは人間にはもはやよくわからない。漫画五冊ぐらい読んで設定に矛盾があっても面白いなら無視するようないい加減な存在に論理的整合性を求めようとすること自体が大きな過ちであると言えるだろう。

 

それを解決する方法の一つが事前に一分一文レベルで証拠を用意しておくことであるが、あまりそれを明文化しすぎると勘みたいなものが無くなっていく。例えば二つの写真に同一人物が写っていたとして、その服装からして議員秘書で、かつどの議員の秘書課の名前を照らし合わせて、その名前を下に経歴を探る、みたいなことをしていると一段一段ごとに曖昧さが増していく。

 

足を運んで行う補正というのがここではそれなりに重要で、ちょっと前に東京に行って集めてきた資料はこういう補助線を引くために使われている。とはいえそれでも政府が持っているようなやつに比べればやはり色々と足りない。俺だって百人ぐらい情報収集とかやってくれる人間がいればもっといいやつを作れるよ。

 

ただ今回はBIFRONSの作ったレポートの確認が目的なのでそこまで重要ではない。文章を読んで、事実と照合して、評価するだけだ。そのせいでレポートは大量のツッコミが入っている。

 

「BIFRONSはこういうものを見て、辛さを感じないの?」

 

四辻さんが聞いている。というかその手の感情を四辻さんは理解できるんですね。自分が出したものを否定されたところでそれが自分の価値の否定にはならないだろみたいな方向かと思ったが、でもそもそも自分の価値ってものがないんだから人間は出力でしか測られないのかもしれない。このへんの価値観を地球生まれの人間が持つバイアスと限界だらけの言語で説明することが間違っていると言われたらそのとおりだ。

 

『人間に喩えるならば、すっとする、という感情が近いでしょうか。Schadenfreudeと呼ばれているものとも類似していますが、メカニズムにおいていくつかの差異があります』

 

「シャーデンフロイデ……ざまあみろ、みたいな?」

 

俺はよくわかっていないドイツ語の響きに適当に返す。四辻さんはちょっと呆れたような視線を俺に向けていた。

 

「……ちょっとわからないから、私の語彙を使っていい」

 

『どうぞ』

 

四辻さんが話すのは四辻さんの故郷の言葉。聞き取れないが、まあそれでいい。あとこの言語を使わなくっちゃいけない時は翻訳させたところでほぼ読み取れないような心理概念が詰まったものなので俺は疎外されている現状を甘んじて受け入れるしかないのだ。

 

聞き取れる単語がいくつかある。俺の知識によれば、悲しみに近い負の感情に相当する語彙。とはいえそれを悲しみと訳す時に、そこにある厳密な分類は失われてしまう。コバルトブルーを青とまとめて呼んでしまうようなものだ。BIFRONSで分析をさせると悲しみを中心に不満と足の裏の痒さを混ぜたようなものだと言われるが、そもそもその感情は生身の人間の脳構造では起こしにくいものではないかという気がしてならない。

 

「……理解できた、と思う。日本語にはできないし、たぶんできないものだと思う」

 

「それがわかったならよかった」

 

届かないものがあることへの悔しさが最近強くなっている。少し前までは時分が知らないことがあるのは当然だと思えていたのに。この手の感情の制御が下手になったか、ストレスが溜まっているか、あるいは世界を効率よく理解できているという自信があるのか。最後の場合、高確率で錯覚なので認知を適宜補正する訓練を受けるべきだと思う。

 

「で、結論は?」

 

俺はBIFRONSに尋ねる。

 

『本システムは同類システムが起こした失敗について端的に言えば喜ぶように設計されています』

 

「淘汰システムで選ばれたモジュールを組み込むべきではなかったな……」

 

人工知能は自己保存の本能を持つか、みたいな議論は色々とある。しかし例えば殺し合いをさせて生き残ったものだけを増やしてさらに殺し合いをさせれば、殺しがうまいやつが生き残る。その中には自己保存の本能が何らかの形で実装されているだろう。

 

というよりこれは生物の話でも同じだ。生物には増えようとする本質なんてない、と言うことはできる。それらは数多の化学反応の集合体の一つであり、ただそれが自己増殖することで大多数になったらそうでないものから切り離された、というだけだ。そしてより良い増殖システムが採用されていくと、やけに効率的に増えるように見えるというだけ。

 

BIFRONSに入っているモジュールの中には高スコアを出すように選抜されたせいで他のシステムに環境することすら覚えたようなものまで入っている。これ自体は人工知能分野でよく知られた問題なのだが、個人的にそういうやつのほうが変なアイデアを思いつくのだ。

 

「古瀬さんはいくつかこちらで乱択した内容についての評価をお願い」

 

「はーい」

 

俺は四辻さんに言われて椅子に戻る。評価システムに人間を組み込むのは昔から定番の方法だ。コストも安くないし、遅いし、効率も悪いが、それでもあればあるで使いたくなるものなのだ。

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