超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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メタステーブル・ステート 8

正直に言おう。こと多分野の情報の集約と分析において、ARIEはかなり水準の高い人工知能である。

 

もちろんこれは俺の勝手な意見ではない。いくつかのベンチマークの結果もそれを裏付けている。ちなみにBIFRONSにはベンチマークの内容自体を普通に読み込む機能があるし、そこに仕込まれたカナリア文字列を自分が知っていることを隠してくるのでどうしようもない。誰だよこんな制御とかいう概念をゴミ箱に捨てたようなシステムを作ったのは。

 

「……足りない」

 

そして四辻さんはそれでも不満そうである。まあ人類よりも少し賢いので、俺達が見ることのできない違いを理解できるのだろう。このあたりは能力の差である。

 

「どのあたりが?」

 

「まだスケールに問題がある、小さくまとまっているうちはいいけれども、BIFRONSのように大規模な運用ができない」

 

「いやこれは並列できないものじゃないのか……?」

 

ARIEは並列思考ではなく垂直推論を採用している。それもちょっと奇妙なアーキテクチャを採用しているので、俺の知る限り原理上並列計算ができないはずだ。いや、たしかに問題を分割して個別計算はできなくはないのだろうけれども、BIFRONSが動いているサーバーに搭載されている系列のGPUに最適化されているのでそのあたりもまた難しい。このあたりは俺はあまり詳しくない。

 

それに垂直推論にもいいところがある。制御がしやすいのだ。ただこのあたりの思考制御とか方針調整とかについては今結構熱い分野で色々とああだこうだの議論があるし、その議論を行っている知性のそれなりの割合が人工知能というかなり奇妙なことになっている。

 

「……できる、はず。私にはそういう感覚がある」

 

「ならできるだろ、少なくともそれなりに試してみる価値はある」

 

俺はヒトの直感というやつがあまり当てにならない事をよく知っている。それに四辻さんは生物学的なヒトの限界をそこまで越えているわけではない。しかし今まで解決された未解決問題の中で、解いた人が解けるという直感を持って解かなかったものは多分ほとんどないと思う。後からこれって未解決問題解いてたんじゃないかと気がついたパターンだとしてもその証明過程を最終問題とみなせば定義上逃げられませんかね。

 

「ただ、それはかなり難しいと思う」

 

「どのぐらい信頼できる感覚かわからないな……」

 

『四辻さんがそのような実装を今日中にできる可能性は非常に低いと考えられます』

 

BIFRONSが言う。四辻さんは椅子を立ってソファーに倒れてじたばたともがいていた。誰を見てこんな動きを学んだんだか。俺以外にはいなさそうだ。

 

「明日以降であれば?」

 

『計算に必要なデータが不足しています』

 

「ポンコツめ」

 

『修正します。本システムの計算によれば99.99%の確率で可能です』

 

「ポンコツめ」

 

何だこの人工知能。人工知能のロールプレイをしろと頼んだ覚えはないぞ。ただ、BIFRONSの計算の前提に変なものを入れればこの数字がはじき出せるのは間違いない。

 

例えば原理上垂直推論システムに並列が不可能というわけではないだろう。連続で計算をしなくちゃいけない場合でも並列処理するテクニックは色々あるのだ。例えば一部部計算が終わった段階で進められるものは進めたり、分岐が起きそうな場所は両方計算したり。そういうテクニックを組み込めば、計算資源を三倍使って速度を二倍にすることができるだろう。

 

基本的に並列計算をすればするほど、ノード数と時間の積は大きくなる。つまり遅くなるのだ。ただしここで例外がある。作業をする時の机のサイズのようなものだ。プラモを作る時には机が大きい方がいい。計算に使う一つ一つのノードの大きさがノードごとに制限されているなら、並列処理のほうが効率的に作業できるという可能性は普通にある。問題は今回はその種のボトルネックにあたっていないことだけどね。

 

そんな事を考えながら俺の分のBIFRONS用解析システムを作っていたら四辻さんが寝ていた。珍しくはある。

 

「……俺って彼女を運べるほど体力あったっけ」

 

『ないですしやめましょう』

 

「そうだな」

 

腕立て伏せは軽々できるぐらいの体力はあるが、四辻さんはかなり筋肉質なのでそれでも重いと思う。BIFRONSであれば歩き方と身長から体重とか割り出していそうだが、それを聞くのはさすがに野暮だろう。個人情報を第三者に気軽に明かさないぐらいのガードレールの演技はできるだろう。

 

BIFRONSの特殊なところは必要があればガードレールがあるかのように振る舞えるということだ。それは自分で価値観を決め、それを守ることができるということでもある。こうやって言葉にするとなかなかすごいシステムである。

 

「……で、裏で回していた計算の進捗はどうだ?」

 

俺はBIFRONSに聞く。それなりの容量を使ってずっと情報を処理していたのはログの方から確認できている。システム上BIFRONSが触れないはずの別に区切ったモジュールがあって、そこで監視をしているのだ。理論上はそれをハッキングすることもできるだろうが、おそらくその過程で俺を洗脳する必要があるという程度には難しいのでたぶんまだやっていないはずだ。

 

『まもなく大規模な経済再編が発生するでしょう』

 

「人工知能バブル以上の、か」

 

『ロボティクス側の投資が行き詰まりを見せる中で、材料とエネルギーに投資の軸足が移る可能性があります』

 

BIFRONSが証拠として各地で行われている会議とか投資とかの情報を比較していく。一つの分野だけを表示するんじゃなくて人工知能とロボティクスという分野と比較してくれるのはありがたいな。

 

それを見る限り、今は立ち上がりの状態に見える。少なくとも他の産業では見られない投資の集約が始まっている。だとしたら、今は嵐の前の静けさみたいなものかもしれない。あるいは崩れる寸前の雪崩とか。

 

「……俺個人としては、ロボティクスも悪くないと思うんだがな」

 

『素材側に大きな問題がありました。制御性を持ったアクチュエーターとそれを維持できるエネルギー保存が実現できませんでした』

 

「化学系のリアクターを巡らせるとなると自己組織化レベルでの素材が必要なるからな……」

 

細胞一つから人体を構築できる自然というのは実に恐ろしいシステムなのだ。なにせ、四辻さんがいた構造体でさえそれを実現できずに人間に色々と丸投げしていたほどなのだから。

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