経済の動きがある、というのはわかる。ではどうすればいいか、というと難しい。値上がる株があれば買えばいいという話であるが、そもそも元手がない。そして俺達は強いて言うならそういう市場に金を入れるのではなく、労働力を資本家に提供して搾取される側である。
「そりゃそうなるだろうけどさぁ……」
俺はARIEの出した報告書を読む。今後伸びる分野と、その相互作用。そしてそれがどうやって投資環境に波及するか。そこからどの程度研究開発にお金が回るか。
基本的に、この手のイノベーションは道理では動かない。歴史上頭の悪いとしかいいようがない、意地を張った、そして多くの金と権力を持った人間が、市場を動かしたからこそ成功したようなものはいくつかある。たとえアメリカのARPAが基礎研究を実用化レベルにまで引き上げたとしても、市場という過酷な場所で多くが死ぬことは避けられないのだ。
そしてどれが生き残るかを予想することは難しい。だから全体に賭けるしかない。とはいえそれってインデックス投資ってやつじゃないですか。そうじゃないんですよ、俺が知りたいのは来年までに25倍になる株であってですね。まあそんなものが簡単にわかるのであればメタゲームが始まってその情報がすぐに陳腐化してしまうが。
「須藤さんにまとめるものはできた」
四辻さんが言う。
「後で読む。あらすじは見せてもらった」
「……それなりに、不安がある」
「うまくできたかどうか?まあそこは別に完全に信頼してはもらえないだろ」
須藤さんは賭けをしている。何に賭けるかについて、俺や四辻さんや、あるいは部下の中根さんや、他のネットワークを使っているのだろう。本人が賭ける場合もあれば、国家みたいなものが賭ける方向をアドバイスすることもある、と思う。このあたりは須藤さんの詳しい仕事がわからないからあまり詳しくは言えないが。
それでも、須藤さんは一つのことにすべてを賭けるような人ではないだろう。どこかに保険を用意しておくはずだ。日本の核開発プランをストップさせたのは賭けとして成り立たなくなるぐらいに魅力がなくなったか、あるいは元手を他のところに回したくて引き上げたか。まあそのあたりの人員は今は四辻さんが持ち込んだ色々の対応で動いているのだろう。
「わかっている。そこに不満がある」
「わかる」
「わかっていないと思う」
「……言い方が軽率だったな」
人間は同情を好む。俺も嫌いじゃない。たとえそれが無意味だとしても、だ。そういう行為をしてもらうと、俺の中のあまり言語化できていない部分が相手を同類だと信頼する。いやまあ下手に同情されるよりも冷めた感じで見てもらっても俺は相手を同類扱いしそうなんだが、種類が違うんだよ。
どっちがいいというものではない。それらは独立で、たぶん重複できないものだ。そして俺はあまり同情を中心とした関係を持っていない。そういう相手を持ちたいともそこまで思えない。だって絶対面倒になるじゃないですか。自分が後で後悔する選択をしそうな時に、引き止めるでも背中を押すでもなく、ただそばにいるだけって無意味なんですよ。
四辻さんは自分が作ったものが認められないんじゃないのかと考えている。そこに怯えがある。それはそうだと思う。俺が四辻さんぐらいの年齢の時、学部生だった時にレポートを出すのは毎回緊張した。どうせ良い評価をもらえるだろうとわかっていたとしても、だ。
四辻さんはそのあたりで積み重ねた世界への信頼みたいなものを持っていない。俺達を信じているのではなく裏切られたなら終わりだから裏切られないことを前提に動いているだけ。でも、彼女にもそれなりの物ができてしまったし、俺や須藤さんは四辻さんを微妙に裏切ることができるだけの余裕が生まれてしまった。
「少し最近感情的になっている。ここしばらく制御を外しているから」
「ブレイン・マシン・インターフェースの?」
「そう。もちろん、一定以上に感情が昂ぶった場合には自動で起動するようになっているからそこは安心して」
「……できれば俺かBIFRONSがまずいと言った時には、制御を入れるようにしてくれ」
「そう言ったときに外部の意見を聞ける状態にはないと思うけれども、それでもよければ」
「頼む」
保護的、となってしまうのは仕方がないところなのだろう。四辻さんは純粋に慣れていない。俺が思春期と青年期を通してなんとか折り合いをつけた感情とか面倒な諸々について、今更挑んでいるのだ。まあ俺だって本来なら学部レベルのことを三十手前になってから詰め込んだりもしたがな。
変化の予感、みたいなものかもしれない。そもそもそんなものが本当にあって、それが当たるのかどうかについては全くわからないが、色々と話を聞いているとそろそろ何か来そうだという気配がしている。
市場が新しくできて、分野が増える。とはいえそれで生活がどう変わるかと言われるとあまり直感的な形で自分の中に落とし込めない。俺はインターネットとか人工知能が当然のようにある人生を過ごしているし、それ以前の技術しかなかった時代というものを考えられない。だって一言で終わる文章を敬語とか微妙な空気とかを考えながら人間の手で膨らませていたんですよ。
もちろんそれが人工知能に頼らなくともできるというのはわかる。会計だって手計算でやればいいと言うだけだ。ただ結局最後は入力とほぼ同じ結論を相手が受け取るのでただのパイプになっていませんかねという気もする。
未来を読むのは難しい。案外何も変わらないかもしれない。俺が十年早く生まれていたって、目の前で発展していく人工知能に目を輝かせていたかもしれない。というか普通に四辻さんと絡まずに博士課程終えて就職していたら普通に材料系のところとかに転がり込んで超伝導体とか名無し凝縮のあたりに絡んでいた可能性は十分あるんだよな。
面倒なことを考えていると疲れてきた。明日のことすらわからない身で将来の世界情勢を語るものではないかもしれない。ただ、俺達には間違いなくわかる明日というのはある。あかぎ南新事業所の食堂の日替わりランチはたぶんかなり確実だ。明日のメニューは何だったかな。