超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ブートストラップ・プロブレム 9

「……そっちでは、これらの理論はどうやって作られたんだ?」

 

俺はディスプレイに表示される三次元のノードとエッジを見る。四十二さんからまるまる一日かけて聞き出した、彼女の知るいくつかの知識体系だ。もちろん説明はほとんど省略されているし、その根元の部分の中で俺等の知る知識と繋がっていないものもある。これをもとに先進技術を獲得しようというのは、飛行機の写真だけを見せてルネサンス時代の技術者に空を飛ぶように言うようなものだ。少なくとも回転する螺旋形のプロペラで空気中を推進しようとする発想はしないだろう。

 

「その記録はない」

 

「記録はなくともある程度は推察できるんじゃないか?」

 

「……まず、私たちの文明と呼ぶべきものは構造体が担っている。それを制作した知性は人類ではないけれども、おそらく辿っていくと人類を含むものとなる」

 

「技術的特異点ってやつだな。人工知能が人間の脳の水準を超えると急速に技術が発展するとかいうやつ」

 

そう言うとBIFRONSはカーツワイルの説明と計算の概要を出してくれた。

 

「……理論が破綻しているのでは?」

 

「というと?」

 

「たかだか知性の主体が連続的に変化したことが、特異点を生み出すようにはならないのでは?」

 

「まあそれはそうなんだが、昔はこういう事を言ってもうすぐいいことが起こるみたいな……終末思想の亜種があったんだよ」

 

「時間の始まりや終わりについては、人生の二つか三つ上の階層までは存在しないからそのような考え方があることは奇妙だけど興味深い」

 

「説明するとキリスト教の千年王国とかの話になるし、このあたりは個人の強い信念に基づくものだから安易に理解したつもりになると厄介」

 

「了解した。無知を装うのが効果的ということ?」

 

「謙虚な態度、のほうがいいな。相手が話すまでは黙っておく。もちろん、俺やBIFRONS相手にはあまり気にしないでいい」

 

「須藤さんには?」

 

「少しだけ注意、かな」

 

俺が言うと、彼女は頷いた。そもそも彼女の言うように、もともと指数関数的増大しているところで何かを特定の線を超えたからといって特にいきなり変わるようなことはない。人間は煮炊きや暖房に燃料を使ってきたが、熱機関ができて燃料を動力に変換できるようになったところで特異点が生まれたわけではない。産業革命は大きな発展だが、人類の歴史では数回あるイベントの一つに過ぎないのだ。

 

そしてそれ以前とそれ以降で人間が変わったかというと、そこまででもない。確かに産業の構造、働き方、そしてイデオロギーには大きな変化があったし、そのいくつかは十分産業革命に起源を求めることができるだろう。それでも、俺達は飯を食うし、殺し合うのだ。

 

もちろん、指数関数的増大はそれはそれで問題を持つ。地球温暖化に気がつくのが遅れたのは、二酸化炭素濃度が気温に反映されるのがゆっくりだったということもある。加速度的なら増加量のオーダーは二乗だが、指数関数的の場合はすぐに爆発してしまうのだ。

 

「……これらの知識の中で、使えそうなものはある?」

 

「詳しく調べてみないとわからないが、重力特異点を作るところを簡単にやろうとするなよとは思うね」

 

俺達が自分たちの技術を語るときには、たぶん電気から始めるだろう。俺の学部時代の専門からすると化石燃料動力とかのほうがしっくり来るのだが、そこは大きな問題ではない。彼女たち、というか構造体にとってそれに相当するのが重力特異点である。

 

もっと雑に言おう。ブラックホールというやつだ。厳密にはその表面にある事象の地平面をうまく調整することで自己撞着的な、あるいは局所的な範囲で時空構造を制御することが基本技術になっている。無茶を言うなよ。中世に電化製品を持っていくようなものだ。コンセントの先にある発電所と送電網がなければ便利な装置を使う知識も無意味なのである。

 

「でも、それがないと作れないものが私の知識のほとんどだから」

 

「まあ俺の知識も金属加工と半導体技術前提だと言われればその通りだし、一から人工知能を使えるわけじゃないが」

 

「今すぐ使えるような技術を提供できるかと言われると……理論上、かなり重篤な障害が構造体に発生した時の手順に相当することになる」

 

「俺達で言うと世界中のコンピューターとか発電所が破壊されたようなものか。でもなんでそんな事を考えているんだ?」

 

「予備の知識を用意するコストは、それが発生した時にもたらす効果に比べれば決して大きなものではない」

 

「起こる確率が高くないから掛け算しても期待値は……と考えるのは、たぶん違うんだよな」

 

呟いた言葉に合わせて効用関数という経済学の概念をBIFRONSが示してくれる。へえ、ちょっと待てなんでアフィン写像が出てくるんだよ。経済学は実質数学というのはジョークじゃなかったのか。

 

「……そういう計算をしているわけではないはずだけれども、方向性は近いはず」

 

「ともかく、全部をやり直せるような方法を知っているんだよな」

 

「……思い出すのにも時間がかかるし、それが必ずしも有用だとは限らない。例えばあなたがたの技術水準は、いくつかの点で極端に効率の悪い場所がある。衝突型加速器の利用はその一つ」

 

「以前言っていたやつだな」

 

「機構を調査する時に、破壊して調べるようなもの。分解すればいい」

 

「……まあ、入れたエネルギーと得られたものを考えれば無駄なことをしているのはわかるが」

 

例えばジュネーブにある国際線形衝突型加速器は電子と陽電子を加速させて正面衝突させる。その大半は無駄になるわけだ。これは数千個の時計の塊を超高速でぶつけて飛び散った部品の軌跡から時計の内部構造を探るようなものだ。非効率的ではある。

 

じゃあどうすればいいのか、というのはまだ彼女は話してくれていなかった。いや、確かに会話内容に重力特異点を作る方法自体はあったんですよ。構造体においては比較的基本的な構成要素だから、比較的低コストで作れるようになっているそうです。

 

その最初のステップというのが、重力特異点をうまく干渉させて時空間の構造パラメーターを調整して重力特異点を作りやすくしてからエネルギーを集中させるというものでした。だからその最初の重力特異点を作る話をしようとしているんですよ。

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