超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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メタステーブル・ステート 10

現代の社会システムは人工知能によって支えられている。おかげで政策決定とかのボトルネックが少なくなって、かなり高速であらゆる物が動くようになったという話がある。かつては決めるまでに年単位でかかっていたことが、調査から実行まで一ヶ月ぐらいになったとかなんとか。

 

とはいえ、これにはいろいろな側面がある。まず世界の動きが速くなった。社会の速度を決めるボトルネックは大抵人間だが、それを少しずつ人間ではない存在に置き換えることによって意思決定はスムーズになった。そしてこういった取り組みをした先駆者がノウハウを公開したりするとコンサルがそれを学んで各所に売りつける。

 

この種の速度は落とすことができない。他のところに仕事を持っていかれたくなければ生産量を上げなくちゃいけないし、回されてくる倍の量の仕事を倍の時間働いて対応することにも限界がある。それなら人工知能エージェントを雇えばいいじゃないかとなるのだ。

 

しかしそのエージェントを販売する企業にも拡大の限界というものがある。モデルの改良に物理的なインフラが追いつかないのだ。そこで半導体の無人生産工場の拡大とかが必要で、そこにおいて国が投資をする必要があって、そういう判断を半年や四半期とかのスパンよりももっと短く判断しないといけない。

 

「いやだからと言ってこれはちょっと高速すぎないか?」

 

世界の六十近い国家と組織が共同で研究プロジェクトを立ち上げる。いや、確かにそれぐらいのことは理論上可能だとは思う。国際学会の各国支部の数とか、ジュネーブにある国際線形衝突型加速器を使っている国家の数とかを考えれば、まあ大きめの国は全部参加したんだなとかそういう感じになる。参加できないところに対してどこまでこの種の利益を配分するかは難しいのかもしれないが、そもそも挙がっていない国はそういう投資ができる状態かどうかも怪しのかもしれない。

 

このニュースは、俺もBIFRONSも予測できていなかった。ARIEは兆候を掴んではいた。

 

「……悔しい」

 

「感情に震わされすぎ……って声色じゃないな」

 

四辻さんは、あたかもそう言うのがお約束だと知っているかのような、淡々とした声で言った。いや、あるいはそういうわかってない演技をすることで自分の中の感情を制御しようとしているのか。このあたりはかなり俺の知る人間の中でさえ個人差があるので、そこから外れていてもおかしくない四辻さんが変な行動をしていること自体は直ちに変だと言えるわけではないのが面倒なところである。

 

「言ってみたら、楽になるかなと思ったけれどもそんなことはなかった」

 

「実践を通した学びは重要だからな。そしてこれ、裏で何が動いているんだ?」

 

BIFRONSやARIEの裏をかける人工知能が存在する。それ自体は当たり前だ。というか、理論上は人間だってそれはできるだろう。例えば適切に設計されたコイントスにおいて、人間が人工知能に勝つ確率は二分の一だ。不確定要素が多いほど、そしてそのうち相手が握っている分の割合が多いほど、人工知能とか人間とかいう区切りは外れていって情報ゲームになっていく。

 

例えばトランプを用意して、好きな順番に一つの山に並べ直して、それを上から人工知能が当てることができるかみたいなゲームを考えよう。人間の癖とか、シャッフルの方法と回数とか、そういうことを織り込むことはできる。けれどもそれで0.8無量大数ぐらいの組み合わせを兆とかに減らせたとしても、そこを当てることはまず不可能だ。

 

その種の、圧倒的不利を押し付けられるゲーム。それでも世界が動きにくいこと、秘密が漏れること、そしてそれらが公開情報として調べられる範囲に来ることを俺は信じていた。その予想が裏切られた。

 

つまり、世界は秘密裏にかなり大きな事ができるようになってしまっている。むしろ公開情報で何かを見ることのできた時代というのがほんのわずかだったのかもしれない。例外が終わり、かつてのような混沌がやってきただけ。

 

「……ARIEは、アメリカと欧州の人工知能が手を組んだ可能性を示唆している」

 

「我が国は出遅れたか、あるいは須藤さんの声が届かなかったか……」

 

「須藤さんが動いてこれだったのかもしれない。それでもあくまで参加国は平等ということになるらしい」

 

「あくまで現時点では情報交流のパネルみたいなものだからな」

 

あくまで目的は情報の整理と問題の共有であって、民間の開発を阻害したりするつもりはないとのこと。よく言うよ。もし軍事利用とかしようとしているのを見つけたら喜んで潰しに来るくせに。というかそういう方向に使える可能性がまだ低いと思われているうちに押しつぶすべきだという計算が働いたのかもしれないな。このあたりはわからない。

 

「……日本からここに参加するのは、たぶん水城さんになる」

 

「そこまで読めるものか?」

 

「候補者の中で、それを積極的にやりそうな人、という風に考えると」

 

「ああ、確かに拒否しないどころか積極的に突っ込んでいきそうで、かつ必要であればねじ込めるだろうからな」

 

建前としては俺や四辻さんの代理人として国際的に動ければいいわけである。実際に名前を出すのはもっと大物かもしれないが、水城さんは中堅ぐらいの扱いはされていそうな気がする。まあ少子化とかアカデミア離れとかで人間が少なくなっているおかげかもしれないが。

 

「ただ、須藤さんに確認を取りたい。私達に情報を伏せること自体は限界があるのも理解するし、必要な場合もあるだろうけれども、それでも思うところはある」

 

「俺達の担当は中根さんだろ、あまり頭の上を通すようなことをするべきではないのでは?」

 

中根さんもどこか最近会う時は慣れてきたというか、たまに霞が関ですれ違う官僚の皆様とはまた違った感じの淀み方をしてきてきた。たぶん良くないのだろうが、個人の幸福は国家安全保障の前ではあまり勘案されてくれないという悲しい現実がある。

 

のんびりとした時期が終わり、たぶん世界の裏で人工知能たちは盤面を揃えたつもりでいるのだろう。必要であればこちらもBIFRONSを投入したいのだが、あまりやりすぎると普通にこっちが逮捕されかねないからな。オープンで運用するとまずいものが詰まりすぎているので、外部にサービスを業として提供したと見なされないだけの言い訳が必要になるのだ。

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