超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アヴァランシェ・ブレークダウン
アヴァランシェ・ブレークダウン 1


国立情報通信総合研究所のカフェテリアのコーヒーは淹れたてらしい。四辻さんがブラックで楽しんでいる横で、俺はコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れています。

 

「これが公開情報のまとめ」

 

そう言って向かいの水城さんがノートパソコンをくるりと机の上で回して画面を見せてくれる。本来ならかなりの根回しとか事前の噂話がでそうなものを、世界の外交は一瞬で終わらせていた。

 

Organisation de Coopération pour l'Énergie Avancée、略称はOCEA。米中の対立を踏まえフランス語が略称の由来になったようだ。よくある政治的妥協である。

 

ワーキンググループ本部はジュネーブに置かれることになった。既に国際線形衝突型加速器があるが、新規に建物を作るよりもそこにある施設を使ったほうがいいだろうとのこと。日本からはリエゾン一人、専門職員二人、長期派遣と短期派遣が一人ずつ、そしてなぜかインターンの大学院生がいる。

 

スクロールされる画面に表示されるのは細身の青年の写真。専門は理論系……だけど書いた論文のタイトルを読んでもわかりにくいな、少なくとも送り込むならもっといい人がいるんじゃないかという疑念は出てしまう。まあ手を挙げた人がいなかったからかもしれないが。

 

そして短期派遣枠として水城さんが入っています。確か水城さんはあまり海外に行った経歴がないはずだ。そりゃまあ国際学会で発表したことはあるが、研究拠点にしたことはないという意味で。まあ共同研究とかしないのなら今どきはどこでやってもあまり関係ないところはある。計算資源すらクラウド化によってどこからでもアクセスできるようになりましたからね。

 

「すぐ帰ってこれるのか?」

 

俺は水城さんに聞く。

 

「ひとまず半年。ただ、籍はここに置いたままでいいってことになった。立場としては政府機関から政府機関への出向ということになる」

 

「給料とかは面倒くさくなりそうだな」

 

「そのあたりは特例法とかでどうにかするらしいよ、私が行く時までに間に合うかはともかく」

 

「言ってくれれば日本のものはそっちに送るからな、検疫を通るものだけだけど」

 

「故郷の味みたいなものか……自炊はするけど和食らしいものをそこまで食べるわけではないからな……」

 

水城さんはそのあたりに生活感を持っていないらしい。いいことなのか悪いことなのかはよくわからないな。

 

「ところで、水城さんが海外に行くことはまわりの人と共有したうえで決めたことなのですか?」

 

四辻さんが尋ねる。

 

「うーん、まあ上司からは上の上のほうから言われた話だから断らないほうがいいし応援すると行ってくれたし、家族には特に話すまでもないかな、仕事だし」

 

「そう」

 

四辻さんは案外素直に引っ込んだ。まあ同僚と言うか仕事上の付き合いの人間のプライベートを探るってあまり良くありませんからね。俺とか探られたら実に酷いことになるぞ、年下の女の子をアパートに連れ込むこと多数、同じ空間で泊まり込みもある。もしかして非常にまずい状況かもしれない。どこに出頭すればいいんだろうか。先工研のコンプライアンス窓口でいいのだろうか。

 

「会いに行けるかは怪しいが、めぐり合わせが良ければ一回顔ぐらいは出すよ」

 

「お願い。というか古瀬さんが入ってくれると機密とか面倒なことを考えずに済むんだけれど」

 

「こっちが隠しているものもそれなりにあるからな……」

 

というか国際的な調整機関が情報を伏せなくちゃいけないってどういうことだよ、公開をモットーにしろ公開を。とはいえ今の世界情勢とかインフルエンサーを見ると何を言ってもそれを拡大解釈されて色々なものが連動して動いて混乱を招くことになりそうなので定期的な報告書以外は関係者は黙った状態でいることが望ましいのかもしれない。難しいところだ。

 

このあたりは人工知能のあたりで人類はそれなりに反省を積んでいる。そしてたぶんまた同じような感じで失敗を重ねる。愚かな生き物とはこのことである。ただ、その愚かさで作った人工知能で今回の計画を進められたのでいいとしよう。

 

「……ところで、二人とも」

 

水城さんが少しだけ声を潜めた。

 

「なんですか?」

 

四辻さんが言う。

 

「今回の色々、人間業じゃないというのは共通認識でいい?」

 

俺は頷く。四辻さんも首を縦に振った。BIFRONSの分析では、本来人間がボトルネックになりそうな交渉のタイミングとかが異常に早く進んでいる。本来なら反対するような、あるいは保守的な方向でゆっくり取り掛かりたいプレイヤーがいるはずなのに、それらが無視されているのだ。

 

「……どうやっていると思う?」

 

「さあ、裏で大物人工知能が手を組んだ、とかか?」

 

俺は投げやりな感じで言うが、まあ当たらずとも遠からずだろう。各国政府が持っている計算資源は、大まかにではあるがわかっている。その開発能力もある程度は。というか今どきは最先端のモデルはまず政府がシステム調査に使って、それで自国の穴を塞いでから世界に公開するみたいな流れになっている。オープンソース系のモデルはそういうやり方を批判しているが、彼らだってそういう有償モデルを蒸留したりして作ったりしているのであまりこのあたりを突っ込むと面倒なことになる。

 

「政府がそういうものの首輪を外したがると思う?」

 

「案件が案件で一旦檻から出してみよう、みたいになったのかもな。たぶん、人類はもう二度とそれらを戻せないぜ」

 

政府クラスの資源があれば、俺達の存在を見つけられなくとも設計図を見つけることはできるだろう。少なくない確率で人類が重力特異点を扱えるようになるという情報は、かなり恐ろしいものだ。それは蒸気機関を手に入れて四苦八苦しているところに原子力発電のアイデアを渡すようなものかもしれない。

 

そこで着目されるのは、最初には炉の部分かもしれない。蒸気を使ってタービンを回すみたいな発想は当時でも理解できるだろう。問題は原子力の部分と発電の部分だ。そして俺達はそれに相当する情報も付随して渡した。

 

本来、それは人間のコミュニティ向けのものだった。もちろん人工知能が協力しないそういう研究環境は今の時代にはほぼ考えられないが、それでも人間主体で、予算とか時間とかのボトルネック部分は人類だと考えていた。

 

今までは、どの組織も、そのような実力を持っていることを隠していた。ある種の安全保障みたいなものだ。もしその力を持っていると気が付かれたら、まだ追いつけるうちに全力で潰すしかなくなってしまう。ただ、それが諦められたのであれば、色々なものが嫌な速度で加速してもおかしくないのだ。

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