超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アヴァランシェ・ブレークダウン 5

頭に情報を流し込んでいる。BIFRONSが説明するものはどれもそれらしく思えて、でも反例をすぐに示されて、何もわからなくなる。世界には色々なパターンがあって、でもそれは可能性を多少絞っても決定するには弱いものしかない、みたいな。

 

まだ言語化できない、言葉によるめまいみたいなものが俺を襲っている。そこにある自分の肉体が、本来は自分の制御できるものではないと理詰めで示されたのに、直感はそれを否定している、みたいな状態だ。

 

普通の遊んでいる大学生が覚えるぐらいの内容を、数日で詰め込んだことになる。中心になったのは国際政治学と科学技術社会論。いずれも研究が未来予測に対してあまり当てにならないことで知られている分野である。

 

とはいえ、それらの学問の結構重要な割合は解釈と意味づけなので世界を予測可能な形で説明できることを求めていないのがまた難しいところだ。このあたりを真面目に論じると奇人変人を詰め込んで隔離しているアカデミアという幻想が崩壊しかねないのでほどほどにしないといけない。

 

「……ひとまず、これで見方みたいなものは多少は掴めたかな」

 

ヘッドフォンを外す。VRゴーグルだとどうやら没入性が高いらしく、電子ペーパーで本を読むかのように片っ端から色々なものを音楽といっしょに読まされていた。多分読むテンポを目の動きで確認されて、音でそのタイミングを調整されたりしたんだろうな。意識していない運動を制御されるというのは奇妙な気分になる。

 

『本当に多少、という水準です。必要であればもっと価値観を壊すようなこともできますが』

 

BIFRONSが返してくる。基本的にこれは俺個人の能力を強化するというよりも、BIFRONSからの入力をより直感的に受け取れるようにするためのトレーニングに近い。教育のためにまずは退屈な宿題をこなせるよう、反抗心とか衝動性とかを折るみたいなやつである。実に碌でもない。

 

「嫌だよ、2+2は特に何も考えず4であってほしいし、5であるというやつは批判されて欲しい」

 

自由とは客観的真実を権力に抑圧されずに言う権利だ、みたいなことを言った作家がいる。とはいえ客観的事実というものはなかなか難しい概念で、素人が雑に扱うと大変なことになる。と言うか専門家が扱って普通に定期的に失敗しているので果たして人類が扱い切れるものであるかもかなり怪しい。

 

『愚行権の話をしましょうか?』

 

「ただでさえ価値観とかがぐちゃぐちゃになっているんだ、今の俺の脳はかなり何でも信じるぞ」

 

疲れた状態で読んだ本の一節がどこか刺さって長い間抜けないようなものだ。脳が何かを忘れられないようになる、微妙な隙みたいなものが存在するらしい。それを意図的に起こすとまでは行かなくとも、BIFRONSは俺相手であればそれなりに狙えるようになっている。

 

一応これはかなり危ないことで、欧州連合のほうでは人工知能システムによるマインドコントロールとして研究開発が禁止されているものに相当する。まあそれが理論上できるなら試していないはずがないし、成功したという噂をあまり聞かないあたり無駄にコストが高いのだろうな。俺がBIFRONSに渡してきた情報とかけてきた計算資源はかなり膨大なものになるし、一般人が費やせるものではない。

 

「……四辻さん、俺の今の状況は?」

 

「問題なし」

 

四辻さんは第三者としてBIFRONSによる俺の認知改造を監督している。裏で四辻さんとBIFRONSが繋がっている可能性は普通にあるが、もしそうなったら俺程度の矮小な理解力ではどうしようもないので最初から考慮する必要はない。

 

「ただ、これをやると二度と元に戻れない気がするな」

 

「最初から古瀬さんは変わっているから大丈夫」

 

「……ものすごい変な気分だな、たぶん怒りとかを持つべきなんだろうがそれに相当する衝動がなくて、丁寧に自分を分析している自分を見ている」

 

「そういう感情の言葉ならあるよ」

 

「ちゃんと学んだほうがいいかもな……」

 

四辻さんが見ているように世界を見る、というのは目標の一つだ。ただ、そうすると俺をこの世界に縛り付けていた人間らしさみたいなものがそれなりに飛んでいくだろう。そこに思い入れや愛着はないわけではないが、手放さないと世界に追いつけないと言われれば、名残惜しいが置いていくぐらいのことはする。

 

子供の頃は無尽蔵の体力があって、十五分の休憩時間に校庭で遊べた。中学生の頃は一日中だって本を読んでいられた。高校生の頃は自己改善システムを作ろうとして膨大なコードを積み上げた。若さは、もう無くなっている。純粋な脳の力みたいなものをどう測るべきか走らないが、たぶん地力に相当する部分のピークは迎えたのだろう。以降は知識で耐えるしかないが、それもどこまで持つかわからない。

 

人生の年数だけで言うなら、まだ折り返しにも入っていない。医療の技術進歩は着実に進んでいて、今や老衰で死ぬことが当然になってきている。老衰の定義自体が変わったと言うべきか、あるいはそれ以外の死因で死んでしまうと後が面倒とかそういう面倒な理由があるかもしれないが、そのあたりはあまり深く触れないでおこう。

 

「……それと、あまり古瀬さんはこちらに来ないほうがいいと思う」

 

四辻さんが呟くように言う。

 

「今更だろ」

 

「構造体は私の幸福を考慮していなかった。そもそも幸福とは何だ、という定義は置いておくとしても、あなたがたにとって幸せなものだとは思えない」

 

「地球人類に対しての学習が甘いだろ、幸福がなくても突っ込んでいくことは珍しくない」

 

「その多くは現代の水準では医学的介入が必要なものも少なくない」

 

互いに歯切れの悪い議論になってしまう。断定するには人間は多様で、否定するには論理が弱い。微妙な例外的事例と、少数とはいえ一定の規則性を見いだせる事例というものの境目はかなりいい加減なのだ。

 

「……じゃあ、四辻さん一人で進もうっていうのか?」

 

外交は人工知能システムが担いつつある。科学のち適性酸のある程度の割合も既にそうだ。人類である俺が置いていかれないように、少なくとも重力特異点とかの技術を俺の手で掴んで、俺の目で見るためには、俺は人類の枠を少しはみ出てでも、それらに追いつく必要がある。

 

その感情を最初から持っていたのか埋め込まれたものかはわからない、という微妙な認識を、俺は持ちながら、冷静にそんなものだと並行して思っていた。

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