超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アヴァランシェ・ブレークダウン 9

常温超伝導物質の合成成功と脳神経ネットワークへの書き込み技術の確立がほぼ同時に出るというのは大騒ぎだろう。いや、実際派手に驚いてインプレッションを稼いでいる人がSNSに溢れている。こいつら少し前は人工知能のベンチマークの数字とか政府の規制とかをことさらに騒ぎ立てて株価を荒ぶらせていた元凶なんだよな。バブルで消え去ったと思ったが住む場所を変えただけだったようだ。

 

「質が上がっていると思う」

 

四辻さんが論文を複数広げた画面を見て言う。普通はこの種の雑誌というか大手学術文献を一人が流し読みするって難しいんですよね。そりゃまあ総合誌となれば門外漢でもわかりやすいように導入とか分野全体における立ち位置とかそれがどう長期的に役立つかみたいな話に少なくない行数が割かれますが、それでもだよ。

 

俺が知る中でそこまでの芸当ができるやつは四辻さんと水城さん含めて十人に満たない。俺はさすがに生物学と有機化学と天文学はついていけない。そういうあたりの会話をすっと出してきて楽しそうに話している様子を見ると嫉妬するのだが、一般人どころか普通の研究者から見れば俺も相当やるほうのようだ。

 

しかし本当にそうかね。俺がやっているのは機械、材料、言語、それに人工知能。とはいえ機械とはいっても燃焼工学のあたりで熱力学と化学とか出てくるので一般的な機械工学の方とは少しずれるし、材料と言っても無機の機能性材料だ。言語のほうも基本的にはモデル前提の解析で、それらの作業は大抵は人工知能に言われるがままに俺がまとめたものだ。

 

もし人工知能が作者としての権利を持つなら、俺は謝辞にすら乗る資格がない。とはいえそれはどこまでを創意工夫をした主体とみなすかどうかの問題だ。昔から計算手(コンピューター)は軽んじられていたし、彼女たちに権利が与えられる前に計算機(コンピューター)が彼らの仕事を奪っていった。

 

リニアで通過しただけの県についてなにか知ったかぶったようなことを語るやつにはなりたくない。そういえば俺は長野にも山梨にも行ったことないな。旅をしてみたいと思わないことはないが、それであまり楽しめる気がしないのだ。もし行ってみたらそれなりに楽しめるだろうけれども。

 

「このあたりは査読の手間含めて数ヶ月遅れで来るからな、やっぱりOCEAが動き出した頃に各所が始めていたんだろう」

 

先端エネルギー協力機構は核融合の次世代のエネルギーの基盤を作る、と言っているがかなり本気で重力特異点の構築を目指している。突っ込まれている金額はマンハッタン計画よりは少ないだろうが、最終的な総額で言えば匹敵するかもしれない。

 

ただ、それはあくまでOCEA単体で見たときだ。市場全体で見れば、正直言っておかしいほどの動きがある。

 

中国最大手のレアメタル精錬企業が、あまりよろしくない経営状況にもかかわらず大規模投資を受けた。量子コンピューターの最先端を走るアメリカの企業が追加投資を集めて大成功と言ってもいい。欧州では人工知能の規制が部分的に解除されている。そう考えると我が国はなんていうか動きが少ない。

 

もちろん隠しているというのもあるのだろう。あまり探られすぎるとコア部分の少なくない場所を日本が握っているという事実が出てくるから、サプライチェーンで噛める範囲でやって、残りは外向的におこぼれを求めているみたいなポーズを取るべきなのかもしれない。そのあたりはさっぱりわからない。須藤さんでさえ専門ではないのだ。日本どころか世界でさえ、それができる人はいないのかもしれない。

 

とはいえ、操れる人がいないということと世界が進まないことは全く違う。天気の長期予測は難しく半年後に晴れになるか雨になるかを決めることは普通に季節の変化の傾向以上の精度で当てることは難しいが、半年後には何かの天気になっていることはほぼ間違いないのだ。もしそうなっていなかったら人知を超えた何かが起こっているのでどうしようもない。

 

「追いつけると思う?」

 

「誰が、あるいは何が?」

 

「今ここで、人工知能を使ってない人達が」

 

「……無理だろうな」

 

それを手に入れたものが国際社会において隔絶した地位を手に入れるようなものは、歴史上しばしばあった。行政制度、植民地というシステム、あるいは核兵器。行政制度はまだ輸入が効くが、植民地は残った「野蛮人の土地」が少なくなるにつれて後発が不利になり、そして都合のいいタイミングで植民地の解放とかいう概念が生まれてゲームは変えられた。核兵器については五つの国家のみが保有することとなっているが、我が国も含めて計画だけならもっとあるし、実際の保有もちらほらとある。このあたりは面倒なので正確に数えたくはない。

 

「彼らは歴史上そうだったように、取り残されるか、あるいは……」

 

「もともと取り残されていた層もあるからな、日本というのは世界で見ても相当恵まれているわけで」

 

だからまあ、四辻さんが先進国と呼ばれる国に来れたことは運が良かったのだと思う。来た理由が高エネルギー実験で、そんな事ができる先進国でさえそこまでもっているわけではないという話は一旦置いておく必要があるが。

 

「……このあたりに、私は苛立ちを覚えている」

 

「良いことだと思う」

 

そりゃまあ、人倫とか色々と考えたら人類はその生産の少なくない割合を貧しい人とか発展途上地域とかにつぎ込むべきなのだろう。それがたとえ効率が悪かったとしても、高確率で死ぬ幼子に対して多くの医療資源を投じるなら同じように許容されるべきだみたいな議論はできる。

 

人間を同じように扱え、というのはかなり基本的な哲学に思えるが、その実践はかなり難しい。俺は身の回りの一人を救うためなら、顔の知らない人が十人ばかり酷い目にあって死んでもそこまで良心の呵責を持たないと思う。もしその人たちの様子を見せられたらトラウマを負うかもしれなが、それは単純に見たものに対するショックであって選択という事実は二の次になる気がする。

 

いや、こう考えること自体が自分の中の不整合から目をそらしている行為なのかもしれないな。このあたりはBIFRONSに叩き込まれた価値観もあって妙に冷めてしまっているが、そう考えると四辻さんが苛立つというのは面白い現象だ。

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