超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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スリーウェイ・ハンドシェイク 2

起動したノートパソコンに、複数のマイクとカメラをケーブルで繋いでいく。無線だとどうしても通信速度が遅くなるし、電力消費も馬鹿にならない。

 

事前にBIFRONSが準備しておいたオープンソースの諸々を、統合処理エージェントが大量に流れるログとともに処理をして準備完了を知らせてるとともに勝手に記録が開始される。真面目に手作業でやったら環境構築だけで一日か二日かかるが、今の人工知能はこれぐらい一瞬とも言える時間で終わらせてくれる。画面に表示されるカメラの映像には相手の女性と自分の上半身と顔。

 

俺は椅子をずらして、座り直して姿勢を正す。無意識に机の上で両腕の手首を重ねるようにしていたが、相手もそうしていることに遅れて一拍気がついた。

 

「……ミラーリングの可能性を想定して」

 

俺が指輪に触れながら唇だけを動かして言うと、文字がサングラスの裏に表示された。カウンセリングでよくある手法だ。鏡に写ったように、相手と同じ動きをするものだ。

 

机の上の水冷ボックスがファンの音を少しだけ強くする。内側のカメラとサングラスの超音波センサーが表情と唇を読み取って再構成したのだ。個人用のチューニングが必要なのであまりいい手段ではないし、三回に一回は直接キーボードを叩いて修正する必要がある。

 

次々と表示される文字。相手の表情を読み取るための基本的な特徴点抽出完了。流れる青色の画面は周波数と時間に対応したメル周波数ケプストラム係数を表示させた音声スペクトログラム。見て理解できるわけではないが、少なくとも処理が進んでいることはわかる。

 

「こんにちは」

 

俺はアクリル板越しの相手に声をかける。穴が空いているわけではないから限界はあるだろうが、向こうの物音からすると聞こえないわけではないはずだ。

 

「███」

 

俺が一言話すと、相手も一言返した。スペクトログラムには発音に基づく赤色の斑点が流れていき、画面上には国際音声記号の精密表記と、そのような単音を持つ単語の候補が言語別に表示されていく。ただマイクの性能にも限界はあるので、転写は記録のためという側面が強い。

 

「日本語はわかりますか?」

 

「█████████████」

 

相手は動揺しているわけではない。感情を隠している感じもないんだが、正直なところ俺は相手の表情を記号的にしか読めない。いくつかの顔はもうパターンとして覚えてしまっているが、細かく観察して直感的に情動と結びつけるのは苦手なのだ。

 

サングラス越しに見る相手の顔の隣に文字が浮かぶ。

 

── 表情ミラーリング: 可能性

 

行動の模倣は比較的簡単に相手の無意識下の警戒心を解くことのできる方法として知られているが、知る限りインフォーマント、つまりは取材や調査の対象となる相手もそれを使ってくるという例は知らない。そして響きからすれば、全くわからない言語だ。

 

「……正直なところ、俺もなんであなたに質問することになるのかわかっていないんですよね。別にどうこうしようってわけじゃないです。少なくとも俺は」

 

少し首を傾けるようにしながら、軽蔑を交えた口元を保つ。しかし下瞼を敵意がないことを示す幸福を混ぜたものに。

 

「████████████████████████████████████████████████████████████████████████████」

 

── 会話量の対応: 可能性高

 

自分のまだ固まっていない直感的な思考を、網膜に映る文字が体系化してくれる。もうこのシステム自体が対応してくれとも思うが、やはり人間同士でないと得られない情報というものは少なくないのだ。

 

「事後承諾になりますが、この会話は音声と映像で記録されています。あなたがそれを拒む権利があるかどうかは微妙なところですが、研究者倫理の範囲で扱うようには心がけたいですね」

 

俺はカメラとマイクを指で示しながら言う。未知言語の分析なんてものは今ではかつてより少なくなってきている。かつては何かを示しながら語彙を収集するということはよくされていたが、今ではそうやって調べなければ最初のコミュニケーションすらままならない孤立した言語はどんどん減ってきている。

 

言語の数、というものは具体的に測定できるものではない。国連加盟国の公用語を重複を除いて全部足す、なんて方法ではパプアニューギニアにある五百程度とされる言語をカバーできない。それでも、無理に推定と仮説と偏見を重ねて、数字を出すことはできる。

 

現代、世界にある言語は非常に雑に見積もって四千。その数は着実に減り続けている。そしてその中で詳しく研究されているものは多いわけではない。人工知能を使った調査の効率化がされてもなお、消えゆく言語を残すことはできない。多くの人がスマートフォンを持ち、地域の公用語を、場合によっては英語を使うようになれば、曽祖父母の世代の酷い訛を覚えている人は少なくなるのだ。ましてや今や少子化のせいで言語と文化の後継者がいない時代である。

 

「████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████」

 

そんな事を考えながら、相手の発言を分析しているノートパソコンの画面を見る。かつて言語学者がメモや耳を頼りにやっていたことの多くは、自動化できている。そしてダウンロードできた資料の中に、この言語に関連しそうなものはないようだった。

 

もちろん、システムに十分な情報がないであるとか、あるいは単なる見落としということもあるだろう。今後会話を続けていけば、既知のものと一致するパターンが現れるかもしれない。

 

「どうするのがいい?」

 

指輪を触って、声を出さずに尋ねる。人間の思考は偏っていて、遅くて、あまり当てにならない。それを認められない人間はまだ多いが。

 

── 会話の継続

 

俺は息を吐く。向こうは協力的なようだ。少なくとも話している内容はデタラメではなく、何か意味のある文章のようだ。その上こちらに長さを揃えているということは、ともかく今は形だけでも対話を通して互いの言語について知りたいということなのかもしれない。

 

だからか、と俺は特に情報を与えず連れてきたあの男のやり方に理由を見出す。おそらく彼は俺が色々な方法を使って相手とコミュニケーションを取ると考えたのだろう。その時に面倒な、語るべきではない知識を持っているというのは未知の相手への情報流出というリスクをもたらす。

 

「……ともかく、意味がないかもしれないがお喋りを続けていこうか。そもそも会話なんてほとんどが意味のないものだからな。あー、例えば天気の話ってあるだろ?」

 

「████████████████████████████████████████████████████████████████████████████」

 

相変わらず何を言っているのかわからない。言葉のキャッチボールのような会話ではなく、互いに音を投げ合っているだけだ。だが、今はそれでいい。まずは文章をある程度の時間集めれば、最初の目標は達成できる。

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