超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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アヴァランシェ・ブレークダウン 10

世界経済の危機だという。各種の株価とか為替とかが混乱を起こしている。あちらの株は今までにない大暴落をしたかと思えば別の分野では高騰、安定しているはずの貴金属相場すら混乱している。

 

ただ、BIFRONSとかARIEとかに分析させるとある種の過渡期現象だという。つまり人工知能によってシステムがうまくまわりすぎてしまった結果、知られていない情報が一気に減ったのだとか。

 

一般的に株で儲けるための秘訣というのは価値があるが株価が低いところの株を買ってしばらく寝かせておくというものだ。もう少し短期的にはそろそろ上がるという噂の株を実際に値が上る前に買えばいい。

 

ではそれを、十分賢い複数の主体がやりだしたらどうなるか。人工知能同士のプロトコルは確立されてしまったし、今されそれを取り消すと大問題になる。なにせ外交も経済も技術開発も、国が出しているそういう情報に依存しているのだから。

 

そしてそういった知性たちがある程度談合するようになると、株式市場を財布として使い始める。そして面白いのが、短期的な利益を得ようとするプレイヤーは不利になることだ。

 

大量の金を持っている組織は、大抵それに見合った信用がある。つまり、待つことができるのだ。十年や二十年かけて資産を増やすことができるのならば、四半期の問題を飲み込むことができる。もしそうでないなら、ちょっとした乱高下ですぐに金を吐き出すことになって大量の金を持っているという前提をすぐに満たせなくなってしまっているだろう。

 

「……つまり、大手投資機関が企業への投資を促していると考えられます」

 

四辻さんは言う。彼女とARIEの作った経済レポートは普通に有用で、BIFRONSもそれなりの信頼を置いている。ちなみにコピーは須藤さんに回されているがどういう風に使われるかはよくわからない。というか日本政府も似たような情報持っているだろうし過剰かもな。

 

「ハゲタカするんじゃないのかよあいつら……」

 

「楽な狩場は一瞬で食い尽くされたので、真面目な経済成長に投資するしか無くなったのでしょう」

 

「理屈はわかるがひどい話だよな」

 

「本当にそう思う」

 

四辻さんは丁寧な口調で、しかし俺にも分かる程度には感情を込めて言う。イライラしたり怒鳴り散らしたりする人間は嫌えるのだが、こうやって淡々と不満を表明されると俺は弱い。そういう人であるべきだという自分の中に向けている規範そのものを見せつけられると、逆らえなくなってしまうのだ。あるいは、それも四辻さんの計画的な表現なのかもしれないが。

 

「……色々と、変わったと思う」

 

しばらくして、四辻さんが口を開いた。

 

「何が?」

 

「私から見た世界が」

 

「候補としては色々あるな、純粋に視点が増えたとか、認識が変わったとか。体調不良とかで世界をどう見るかが変わるというのは俺も実体験としてあるし」

 

「そういう話ではない」

 

「はい」

 

俺は椅子の上で姿勢を正す。

 

「まず、古瀬さんが変わった」

 

「……どの水準で、だ?」

 

人間は常に変わる。構成する原子の交代で語るのであれば、かなりの割合が入れ替わっていくだろう。脳神経とかは細胞が死ぬまで保存されるという話があるが、あれだって新陳代謝で部品一つ一つは交換されているし、遺伝子であるDNAだって修復を受ける過程である意味では交換されている。

 

もちろん、そういう意味ではないのはわかる。大きなスケールで言えば、戸籍みたいな俺の一意性を社会的に確保するものは変わってないなはずだ。連続性の観点で議論するのは俺が寝て起きれば途切れるからやめたほうがいい。記憶の連続性なら語れるかもしれないが、その場合外部から注入された記憶と自分の経験の違いとかそういう面倒くさい話が出る。

 

「考え方。思考の時間。何かを探す時の目の動き。そういった断片的なものは、ここ半年でかなり変化した」

 

その期間がなにか、はある程度わかる。俺が世界に追いつくために、ちょっとだけ人間性を手放した頃のもの。とはいえ暴走しないようにBIFRONSに監査させていたし四辻さんがちゃんと見ていてくれるはずだったのだが。そこで俺は恨んでもいいのに、みたいな事を考える辺りは変わったかもしれない。

 

たしかに昔も、自分の思考を一拍置いて見ることはあった。でもそれは結構落ち着いている時にたまたまできるもので、大抵はそれができずに感情の方に引っ張られていた。今は結構過激な感情を自分が抱くことはおかしくはないが、普通ならもっと落ち着いた形になるだろうな、みたいなことをその感情の中で考えられている。

 

言語化するとひどく奇妙な話だ。感情で物差しが歪んでいるはずなのに、それで測った自分が歪んでいると言えるんだから。でもそれを当然だと受け入れている。うん、変わってるな。

 

「……だろうな、というかこれ、もともと四辻さんがやってたことでは?」

 

「私はこれの支援があった」

 

そう言って、彼女はうなじのブレイン・マシン・インターフェイスを軽く叩いた。

 

「……俺はそれなしで、感情の制御を?」

 

「抑圧しているようには見えない。おそらく別経路の認識を用意して、それを並列で走らせることを習慣化した」

 

「……覚えはあるな」

 

なにか作業をしながら別のことをやる、みたいな訓練はBIFRONSと一緒にやった。それは例えば複数の見るべきもののリストを頭の中に入れながら、そのリストに沿って順番に映し出された画像の中からものを探すとか、そういうものであったが。

 

基礎体力のトレーニングみたいなものだろう。どんなスポーツだってひとまずある程度の距離を走ることができるだけの運動能力が損になることはない。もちろん持久力と瞬発力のどちらに振るかみたいなものはあるだろうが、大抵のスポーツは観客がいて、一瞬で終わらないようにうまく設計されているのだ。だからある程度戦えるだけの体力は必要になる。

 

それがきっと、四辻さんが人間として持っている水準を超えて、ブレイン・マシン・インターフェイスの補助をしてやっていた水準にまで到達している。そういう精神状態をモデル化する言語を、BIFRONSは四辻さんから学んでいるのだ。古い人工知能だって大規模な言語データから心理小説を書けるのであれば、BIFRONSなら個人から学んだ感情を別の個人に移植するぐらいいのことはできるのだろう。

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