超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ブラインド・デコンボリューション 2

「歯車が噛み合った、みたいなものなんだろうな」

 

水城さんはハイボールを飲んで、呟くように言った。

 

「知的生産の加速が、社会に影響を与えるようになったということですか?」

 

「その通り。それまで一人の机の上で回っていたものが、あるいはせいぜい企業内で回っていたものが、協力関係の上でできるようになった。そりゃ本質的には外交は記号的操作に過ぎないから、情報処理で高速化できる」

 

「そうは行かない、と俺は思ってたんだがな」

 

どうしてもそこには人間の見栄があって、細かな調整があって、そして儀礼的側面があるから限界がある、というのが俺の見立てだった。それは間違っていた。

 

そもそも歴史を見れば、そういう儀礼の本質を別のところに移して実務だけを先に終わらせるみたいなことは平気で行われてきた。かつて伝令が必要だったものは手紙になり、電信になり、メールになり、SNSの投稿になった。最後のものは本当にそれでいいのかとも思ったが、あれは公式文書として扱われるらしいから世界はよくわからない。

 

そして世界には、そうなると読んだ人がいた。読んだ、というのは違うかもしれないな。実際は賭けた、というべきかもしれない。そういう未来が来る可能性を考え、そのために必要なコストを払うことを厭わなかった人達。

 

「古瀬さんは、ルイさんに会った?」

 

「アシュリー・チェン・ルイ?いいや、前に水城さんと話した後に声をかけられただけ」

 

俺は水城さんに言う。

 

「そう。私は一度、ジュネーブで話した」

 

「……あの人は、アメリカのプレイヤー?」

 

「かなり上位の判断者ではあるけど、その言い方は違うと思うよ。公務員が国民に奉仕するように、彼女は国民に奉仕する人工知能の指示を受けて動いている」

 

水城さんの分析なら、まあ妥当なのだろう。一応は俺よりも人間関係を読むことには長けた人物だ。今なお対面で得られるものは大きい。直接話して受けた印象というものは、それ以前の文字や画面越しでのやり取りよりもやはり強いのだ。

 

それを代替しうるとされた仮想現実みたいな技術はどうしても限界があるし、そもそもあの分野は現実の自分と切り離された存在になれるようにという発展方向を取っている。基本的なコミュニケーションならビデオ通話で十分だしね。

 

「そのあたりか、まあ今は誰もしも人工知能の駒みたいなものだしな」

 

もちろん日本政府も、ある程度は人工知能の指示で動いているのだろう。ただ、このあたりで人工知能が政府を乗っ取ったとか、人間は判断をしていないというわけではないのが難しいところだ。

 

人工知能の言いなりになる人間は、案外少ない。俺はかなり異端側だ。もちろん今時の若者は無批判に人工知能の言ったことを信じるみたいな話があったが、かつては新聞を読むことがリテラシーとされた時代もあったそうだ。第二次世界大戦の後にそういう話があったのだから、いかに代替手段が少なかった時代のマスメディアが影響力を持っていたのかがわかる。

 

人工知能は、それだけの格というか、歴史というか、そういうものが薄い。もちろんあと十年すれば変わるだろうが。ただ、人工知能へ間接的に頼っている人は俺の思っていたよりかなり多かった。

 

例えば頭脳労働のほとんどは人工知能が何らかの形で絡むようになった。十年前、俺が博士課程にいた頃にさえ相当使われていたのに、今はもう浸透と言ってもいい。何かを打ち込んだら修正案が出てくる。連絡をしようと思ったら事前にエージェント同士がすり合わせをしていてメールを送ることで正式な決定がされるがそれ以前に調整がある程度終わっている。そういう規格がある。

 

「駒、という言い方は良くないと思う。私が思うに、役者だね」

 

「All the world's a stage, And all the men and women are merely players. ですか?」

 

四辻さんが言った。世界は舞台、男女はみな役者。どこかで聞いた言葉だ。

 

「……古瀬さんはわからない?」

 

水城さんから聞かれる。

 

「悪かったな、俺は無教養なもので」

 

「シェイクスピアのAs You Like It、『お気に召すまま』の一節だよ」

 

水城さんが言う。うーんあまり興味のない分野だ。

 

「つまりあれか、今まで見えざる手とかだった脚本を、人工知能が紡ぐようになったと?」

 

「一つの人工知能が世界を動かせないとしても、それが集合的に振る舞えば人間より遥かに賢い決定主体になる。人間と違って、人工知能はどうやら賢さがスケールするようだ」

 

「人類だってそれなりにスケールしたじゃないか」

 

俺は水城さんに反論するが、言ってからそれなりだったなと思う。確かに人類の科学技術は20世紀と21世紀に大きな飛躍を遂げたし、その間に行われたことは膨大過ぎる。そして、たぶんニュートンぐらいの天才が相当な数、基礎研究とか土台を固めるとかそういう場所に贅沢に使われたのだろう。

 

「……コンピューターとインターネットは、人工知能を構築するために必要なほどのデータを蓄積した。それは人工知能を作るのに、かなりぎりぎりだったのは古瀬さんも知っているでしょう?」

 

「まあな、アーキテクチャこそが本質だと言われる前はデータ枯渇が言われていたわけだし、いまでも再生産ができるほどのうまいデータはない」

 

基本的に人類が生み出せる情報はたかが知れている。最も巨大なモデルでさえ、重みだけならサブペタバイト程度だろう。それぐらいの基盤があれば、あとはその組み合わせとして大抵の概念は展開できる。

 

「でもそれは、人類一人の頭脳の組み合わせを越えるものだった。創発性みたいなオカルト用語を使うつもりはないけれど、人工知能の組み合わせは、人類の作った社会を変えうるだけの力を、かなりはっきりと持ってしまっている」

 

「創発性がオカルト扱いされるのは材料屋としては不満だが、まあ言いたいことはわかる」

 

一人の人類よりも、一つの塊の人工知能のほうが賢い。でも、一つの人工知能が人類全体を完全に操るほど隔絶しているわけでもない。集合した人工知能が生み出す総合的な能力であれば、人類全体に影響を与えられるぐらいの力を持つ、というぐらいのバランスだ。

 

もちろん、それは更に歯車が噛み合って、技術とか資源とか加工とか、そういうものが人工知能という知性に組み込まれれば変わっていくのだろう。その結末の一つの場所を、俺は四辻さんから聞いたことがあった。

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