「……いえ、もはや私は止めるだけの権限はないのですが」
中根さんに俺たちはそう言われて、少しだけ肩を落とした。科学技術省の会議室の一つで、俺達はヒアリングのために呼ばれたとなっている。正確には俺達が会いたいから時間をくれと言ったらまとめてヒアリングも入ったという形になるのだが。
須藤さんは出世していて、今ではウェブで検索するとシンギュラリティ後の日本の科学技術政策の第一人者みたいな扱いを受けている。もちろん詐欺といえば詐欺なのだが、この機会をちゃんと使って立つべきところに立てたというのは評価されるべきだと思う。俺は立ちたくはない。
「いいんですか?」
俺は聞き返す。そりゃまあ説得できる材料は揃えてきたつもりではあったが、国家の強権とかご理解の程よろしくお願いしますとか言われるだろうなと覚悟をしてきたのだ。パスポートも二人分あるが、一応行けなくても身分証明書として使う分には問題ないですからね。
「それどころでない、というのが現状です。もちろんお二人の身柄の安全は優先されますが、そのために割ける余裕があと数年は生まれないだろうと思ってください」
「はい……」
いやまあ、普通に米国で行われる大規模な国際会議に呼ばれたので顔を出したいというだけなんです。招待状まで貰ってしまったしね。ちなみに水城さんも誘われていて、つまり数年前に作ったあのソフトウェアの開発者関連として呼ばれたという形になる。
このあたりについてはちゃんと裏取りも行いました。その上で俺達はなんだかんだ評価されているんだなという結論に至ったわけです。引用数とか派生研究とかも多いし、第一人者というわけではないが室温超伝導のあたりの技術開発においてそれなりに貢献をした人、としては扱われていると見ていいでしょう。
「必要であれば追跡装置などは提供できますが、問題があっても現地大使館からの支援しか提供できませんよ」
「普通の旅行客と同じ、と考えていいですか?」
「それで十分です。もし中国や欧州であれば止めたかもしれませんが、アメリカであればそこまでのリスクは考えなくていいでしょう」
「……うまくやれているのですか?」
ニュースを分析しても世論がほとんどわからないようになった。嘘をつくのは昔は高等技能であったが、今は結構なんとかなってしまうのだ。人工知能によって分析されるのが前提になると、情報を出す側も人工知能で何をいうかを調整するようになる。メタゲームが重なれば、必然的にある種の均衡が生まれるのだ。
「はい。須藤さんがあちこち調整に回っています」
「あの人も大変だよな……」
俺は息を吐く。
「私も大変です。基本的に仕事の速度が人工知能の活用前提になりましたし、人間がやらなければならないことが多すぎます」
「人は余っているのでは?」
四辻さんが口を開いた。まあ確かに最近の雇用統計とかを見れば結構働いていない人は増えてきているみたいな話はあるらしい。日本にもようやく労働市場からの自主的離脱という合理的な選択肢を選べる人間が増えてきたということである。あるいは今までどれだけの職が職を用意するためだけに維持されていたか、ということだ。有効求人倍率が増えているのは事実だが、その先にあるのは人工知能で置き換えることができない面倒な職ばかりと言っていいだろう。
そしていわゆる頭脳労働で、人工知能がまだ置き換えられないような分野が官僚だ。まずもって官僚というのは人的資源のうち稀少な上澄みを集めて使うという贅沢なことを前提にしている。それに人工知能を組み合わせることで生産力を跳ね上げるが、それを全ての部局がやっているので速度も上がって結局負荷は変わらないということになっている。
「……使える人員の育成が、大変すぎます」
そう言う中根さんは、たぶん年齢からすると中間管理職をやらされているのだろう。大変そうだ。俺たちはいまだ先工研の中で部下なしの下っ端である。まあ人工知能エージェントの数を部下の数だと換算していいならそれなりに持っているだろう。相互作用型のキロエージェントシステムとか普通に実用レベルになっているからな。少し前から考えれば恐ろしい水準である。
「そんなに、ですか」
「ええ。不幸にも今の教育制度と若いうちからの人工知能の利用は、ちょうど欲しい層の人材を作りにくくなっています」
「どうにかならないものでしょうか?」
「色々と試してはいますが、これといってうまく行った方法があるとは聞きません」
中根さんが四辻さんに言う。まあ、人間っていたらいたで色々と仕事が割り振れるから忙しくなるし、いなかったらそれで限界になって受けられない仕事をやらないので結局いつでも忙しいんだろうな、というのがある。
面倒なのは競争がかなりわかりやすくなったことだ。ボトルネックのうちいくつかが人間で、そこの人間が努力をすれば短期的にはうまく回るようになっている。あるいは、なってしまっている。そして努力というのは継続できるものじゃない。努力というより無茶と表現したほうが適切だろうな。
「……そのあたりに、私達が手を入れたほうがいい?」
「余裕があれば、で構いません。今のところ、お二人の貢献はかなりのものですから」
「そんなに俺は仕事していない気がするんだがな……」
指折って数えてみよう。ええとソフトウェア開発がメインだよな、あのあたりは人工知能向けドキュメントとかも結構がんばったので一ヶ月に一回新モデルが出るような人工知能第二次拡大期と呼ばれる昨今でもなお陳腐化せずに使えている。そこまで計算資源の能力が急激に上がったわけでもなし、効率にも限界があるから最近のシンギュラリティの本質は接続ができるようになったというか人間を外すという決断ができる時代になったというほうが近いかもしれない。
四辻さんは相当に仕事をしている気がするが、それも薄く広くだし基本的には裏方だ。研究やっている人らしく論文を書いてはいるが、中堅ジャーナルに先工研の金で共著が一つ、プレプリントのところにはソフトウェア関連で何本も置いているので数えるのは難しいといったところ。そもそもこのあたりの評価関数もリアルタイムで修正されているからな。難しいところだ。