超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ブラインド・デコンボリューション 4

会場となるデンバーにはかなり大きな自然科学博物館がある。というわけで数日早めに行って土地勘を掴むのと同時にあちこち回ることにしたのだ。この会議の計画自体はそれなりに前からあったようだが、純粋に空き場所がなくて遅れたらしい。

 

このあたりはいかに判断が速く回ろうが限界があるところだ。例えば毎年やるようなイベントがあれば、その時期は自動的に埋まる。そしてそういうイベントは大抵ひっきりなしにあって、その中で定期ものではないイベントで空き枠を争い、ついに取れたというわけだ。

 

とはいえそんな詳しいことを俺達は考えるほど余裕がない。眼の前のものを、実物を楽しむという贅沢に浸るとしよう。

 

「……これが自然科学博物館にあるというのは、皮肉なのかな」

 

人類学のコーナー。ミイラであったり、あるいはアメリカ先住民の道具であったり。つまりは驚異の部屋にあった雑多なコレクションの一つ、当時は物珍しい古代とか異人たちの品々だ。

 

「ま、昔のスマートフォンが置かれているあたりは多少は自覚しているんだろ」

 

おまけのように置かれたもの。ケースの中には手書きのメモがあって、今のものとどう違うかな、みたいなことが書かれている。

 

「別の階に人工知能というかコンピューターの展示もあるらしいけど、後で見てみる?」

 

そう言うのは水城さん。なんか俺達と同じぐらいのんびりしているが、この人は現役でバリバリにやっている研究者のはずだ。俺は四辻さんの見張りみたいな側面があるし、四辻さんは扱いが難しいのだが。というか半分仕事できているはずなのにのんびりと観光の余裕があるというのが色々とまずい気がするんですよね。

 

ちなみにこれにはまあまあ大きな理由がありまして、実は今の俺と四辻さんはこのぐらいの宿泊や遠征ではあまり傷まない程度のお金があります。先工研の給料を伸びる分野に重点的に入れていたのでね。とはいえ俺達が先行的に得ている情報はそう多いわけではないので大勝ちしたというわけではない。あと会計系の面倒な諸々は人工知能が色々やってくれるので結構融通が効くようになりました。おかげで事務職とかの人に求められる技能がかなり変なことになっていると聞きますが。

 

「うーん、どうせこういう場所のものって見たところで絶望する気しかしないからな」

 

俺は言う。いやまあ俺が最先端突っ走ってる横で社会実装されたものを展示するようなものを見て文句を言うのは間違っているというかお呼びではないんだが、なら別にちょっと見る程度でいいかなと。そういう意味では古生物は百年ぐらい前から同じ展示を使いまわしてもたまに学説の変更に応じて姿勢を変えるだけでいいというのは悪くないと思う。

 

「このあたりは普通に面白いと思う。ここにないものが、逆にここにいる人達について語っているから」

 

「四辻さんは面白い見方をするね」

 

「……そう?」

 

四辻さんが水城さんを見て首を傾げた。

 

「俺もその理屈はわかるが、たぶん水城さんが少数派というかまともな側なんだよな……」

 

「うん、私は普通に過ぎないからね」

 

声色は、たぶん悲しそうというやつなのだろう。翻訳機がわりに使っていたサングラスの裏に分析結果の文字が流れる。ありがとうBIFRONS、とはいえ水城さんから許可をもらっているわけではないので程々にしておきなさい。

 

俺が唇だけ動かしてそう言うと、BIFRONSから了解というメッセージが飛んできた。こういうセンサーとかの精度もかなり上がったんだよな、昔はろくに読み取ってくれなかったのに今はほぼ完璧に読んでくれる。

 

「……少し前なら何言ってるんだ、と俺も笑えたんだけどな」

 

「古瀬さんは変わったよね、私が見てもわかるぐらいに」

 

「教育みたいなものだよ」

 

俺はそう言って周囲を見る。絵をやっている人は世界を見る時に輪郭ではなく陰影で観察するとか、音楽をやっている人は曲を聞いても楽器と音符に分解されてしまうとか、そういうものに近い。俺の視覚処理は、今までやっていたものとなにか違うのだ。

 

それを説明する日本語の語彙はない。強いて言うなら解像度が上がった、とかになるがそれは比喩表現である。地図は地形ではない。世界が言葉によって抽象化されてどういう状態にあるかと、世界そのものがどうあるかはある程度切り離して考えなくちゃいけないのだ。

 

俺の認識は、言語を飛び越すことが多くなっている。もちろんそういう自分を見ている時には自分が何か飛んだな、と理解はできるのだがその下で具体的になぜその選択をしたのかはわからない。勘に近いのだろう。

 

その勘は、BIFRONSに言わせればまあまあ当たるらしい。人工知能のチューニングをしているとそのあたりがよくわかる。複数のパラメーターを弄くって結果を整えるみたいな作業があるのだが、その時に適切な方向が少し触るとなんとなく見当がつくのだ。そしてこれは、BIFRONSにもできていないことだ。

 

たぶん人間の脳の処理能力とマルチモーダル性が引き起こせる、少し特殊な処理なのだろう。今の人工知能のアーキテクチャでやるのは難しい、あるいはまだうまくやる方法が確立されていないもの。むしろなんで俺がそれをできるようになったのかを知りたいが、これについてはBIFRONSのほうも非言語的な処理経路を通したうえでの判断のようなのでよくわからないらしい。

 

四辻さんからそういうときは脳に端子を埋め込んで意味を共有する記号を持ったほうがいいよと言われたが、それはまた違う気がするな。

 

「まあ、変わろうが別に構わないけどね」

 

水城さんが言う。まあ気にしないならそれでいいのだろうが、はいそうですかと言って納得できるほど俺はまだ人間を辞めていない。お話をして交流するのはまだ俺にとって価値のあることだ。

 

「どういう理由で?」

 

「古瀬さんは私を知ってくれていて、忘れていないわけだから」

 

「私は?」

 

四辻さんが口を挟んだ。

 

「四辻さんは私の一番弟子だから大丈夫だよ、師が弟子を理解できなくなるのは師にとって誇らしいことなのさ」

 

自慢げに水城さんは言う。このぐらいふてぶてしくないと人工知能にいろいろなものが置き換えられて人間の席が奪われていくご時世にやっていけないのかもしれないな。

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