超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ブラインド・デコンボリューション 5

アメリカの人が中心になるのは地理的に仕方がないが、外見からアメリカ人を見分けるというのは難しい。肌の色と顔のパターンである程度特徴は掴めるが、それが国籍に対してあまり有益な情報を与えてくれるわけではないのだ。あとこういうところだと外れ値が多いのでむしろ最初は事前推定を偏らせないほうが誠実かもしれない。

 

『しっかし英語を使っていると脳がうまく回らんな……』

 

思考を英語に切り替えてないと英語が話せない。このあたりの切り替えの感覚は昔より明らかについている。BIFRONSとの特訓の成果だ。だが、これをやると人格を切り替えているというか、どこか認知の断絶が起こっているような気分になる。それを実感できるのもまた訓練のおかげだろうから奇妙なものだが。

 

『私はわかる』

 

俺の隣でコーヒーのはいった紙コップを持った四辻さんが言う。コーヒーサーバーとお菓子が置かれているのだ。なんか中国系の企業が月餅をお茶請けとして置いてくれているのでそれももぐもぐ食べる。この種のお菓子を取って食べているのは東洋系の人が多い気がするな。偏見かもしれない。

 

『あなたはわかるのか……』

 

俺は四辻さんに突っ込んでおく。英語は主語を削りにくいが歯切れがいいので難しいのか易しいのかわからない。というか四辻さんもかなり日本語に慣れていたような気がするが未だ難しいものはあるんだな。こっちに来て十年ぐらい、とはいえまだ向こうで過ごしてきた時間がその倍程度。

 

『基本的に実用化までの道筋はどこの計画をしていて、どこがどの程度割り振られるかの調整になっていると私達は考えていいと思う』

 

今の俺はサングラスを外しているから、自動翻訳とか書き起こしが機能しないだから訛りのある人と話すとどうしても一拍遅れてしまう。紳士協定ということでここでの録音と録画はあまりよろしくないね、となっている。翻訳機を使っている人は普通にいるし、それがあることで参加できる人が増えているのもあって色々とグレーゾーンはあるが、だからこその紳士協定なのだろう。俺だってどうしようも無くなったら胸ポケットからカメラが付いていないタイプのサングラスを取り出すことにしようと決めているし。

 

というか別にこの開催自体が各種の人工知能というか判断主体の色々の上で行われているのでちょっとやそっと何かがあっても問題ないとは思うんですがね。多少の混乱ぐらい吸収できないようでは知性の名が廃るというものである。人間風情ですらこのぐらいこなしたんだぞ。まあそれは比較的例外寄りの技能持ちが中心であったが。

 

『じゃあ俺達の仕事はもうないのかね』

 

そう言って俺は月餅をかじる。ナツメとナッツの味だ。日本のお菓子ではあまりない感じの風味は、コーヒーとはどこまで合うのかよくわからない。おいしいのは間違いない。

 

『ここにはいっぱいあるよ』

 

『いつまで残るかは、時間の問題では?』

 

『人間が評価関数を手放していない間は、大丈夫』

 

『なるほど』

 

行き交う人を見る。服装は結構様々だ。理論系の人はラフな格好をしていて、企業系の人はスーツになっている。俺達はラフ寄りだがそれでも襟付きのシャツにしているというあたり。このあたりは本当に良くわからないし、BIFRONSに聞いて過去のこの種の会議の画像を分析してもらったが、セレモニーの時にはそれっぽい服を着ていればいいらしい。

 

この人達が実際に口を開かないと、足を運ばないと、署名をしないと動かないものがある。というか彼らの判断は普通の人工知能をまだしばしば上回る。これは単純な話で、一つの人工知能は人類全体に勝てないからだ。つまりどこか取りこぼしが存在する。

 

その取りこぼしを集めたのが今回の会議だ。主催者はそれなりの金を使うことになっただろうが、この開催自体が各種の国や企業の協賛を受けている。この手の調整の裏でも人工知能がかなり使われたのだろう。ここで早めに名前を売っておけば中堅でも今後の教会地図に食い込めることになるだろうから、その利害を読める程度の知性なら参加するはずだ。調整が間に合わないというのはあるかもしれないが、ここに参加する程度の調整ができないような組織は今後の速度に追いつけやしないだろうし。

 

『次はなんだっけ』

 

『あなたが覚えてないのか』

 

四辻さんに俺は聞く。記憶力が衰えたわけじゃないだろう。その種の機能は色々と鍛えた俺と比べてもなお圧倒的と言っても良かったはずだったのだが。

 

『私が見ていないだけ』

 

『ああそうかい、相手にそういう時はお願いします、予定表を見てくださいと言うものでは?』

 

『見ろ』

 

了解(イエスマム)

 

俺は電子ペーパーを取り出して地図と予定を確認する。あちこちでいろいろな分野のシンポジウムが行われているが、あまり繋がりがなさそうなところを意図的に固めている構成が見える。つまりここの目的の一つは知識の共有以上に人脈の形成だ。

 

重力特異点を作るためには複数のハードルがあるが、そのうちの一つは作るために人類が既に切り分けてしまった複数の分野をどうにかして統合する必要があることだ。あとから見ればある現象がおなじものの表と裏みたいな関係であっても、既に表の方と裏の方とでそれぞれに独立した発展があってしまえばそれらを一枚のコインにまとめることは難しい。

 

それを上手く繋ぐような、異分野混合のセッションがいくつもある。この開催の中心組織はARPAとの繋がりもあるが、これについては正直ARPAがどこにでもつながりを持っている組織なのでどこまで関係があるかはわからない。ルイさんとか来ているなら顔を合わせて挨拶しておきたいところだが、あの人も今はとてつもなく忙しいだろう。

 

『次は材料企業系のやつに出ないか』

 

『そこにしょう』

 

四辻さんがそう言って、コーヒーを飲み干した。昔は味の感覚に無頓着な少女だったが、今は苦みにちょっと独特の評定をするようになっている。砂糖とクリーマーを多めに入れていたのは見たが、あれは脳の処理のために必要なものなのか、あるいは味のためなのかはわからない。それはそうともういいお姉さんなんだからコーヒーぐらいゆっくり嗜めばいいのに、と思いながら俺も少し冷めた苦い液体を胃の中に流し込んだ。

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