ここまで味のしないりんごを食べるのは初めてだと思う。粉っぽいという形容詞が似合うりんごというものがあるのか。
俺達が参加しているのはランチョンセミナー。主催はあの
今日ここで話しているのは買収された企業のエンジニアの人。新しい会社になってなんだかんだ楽しくやっていると言っているが実際どうなのかね。とはいえ下手に変なことを言うと裏取りされるから嘘になるぐらいのことは言っていないのだろう。ちょっとした誇張とかジョークで終わらせられるレベル。
『……それは何のサンド?』
四辻さんが聞いてきたので俺は袋から取り出したサンドイッチのパックに貼られていたシールを見せた。ローストビーフとチェダーチーズ。どういう味なのかはあまりイメージできない。
『あなたのものは?』
『七面鳥とスイスチーズ』
『半分いるか?』
『よこせ』
『おう』
というわけで適当に手でちぎって半分ずつ交換する。こういうものだと思って食べるとおいしいな。とても美味というわけではないし、かなり腹を満たすためのなにかに近いものではあるが、なんていうか舌が楽しい。
というどうでもいいことを考えながら俺はスライドの方を見る。色々と
サンドイッチを炭酸水で飲み込んで話の続きを聞く。やはりどこかの誰かが高圧物理学系のシミュレーションを加速させたせいで実験であれもやりたいこれもやりたいという需要が出て大変だったそうだ。
というよりそういうやり取りが人工知能の導入依頼かなりの速度になっているんですよね。もちろんそれが繋がって歯車が回りだしたのはここ数年なのですが、下準備自体はそれなりに出ていました。バグ報告を人工知能がしてとても維持できないので人工知能メインで開発を行う分岐を作ったみたいな話が俺が若い頃にはあったが今だと人力開発はかなり酔狂の部類に入る。というか若い頃という概念がすっと出てくる程度には俺も老人になったのだ。
『色々と難しいね』
四辻さんがスライドの図を見て言う。流れ作業で超伝導体を作る大規模工場のために必要な加圧装置の工場のために必要な素材を作るための加圧装置の列。かなり面倒なことになっている。
『大量生産を力技でやるのが最適解になっているのはあまり良くない気がするんだよな』
俺は呟きながら手探りで紙バッグの中を漁る。なんかチョコレートバーがあったがこれはおやつにしたいな。カロリーが多そうだ。ではまたごそごそと漁ると今までうるさい音を立ててくれていた元凶であるポテトチップスが出てきた。周囲に耳を済ませると少なくない人がこれを食べているようで。
『すこしいかが?』
俺は開けた袋を四辻さんに向ける。四辻さんは何も言わずに手を突っ込んだ。なんていうか今更気がついたが俺はまだ四辻さんを子供扱いしているのかもしれないな。最初に会ったときはまだ二十歳にもなっていなかったのだからその時の記憶をずっと引きずっているのかもしれない。
十年来のここまでの付き合いをしている人は俺にとって唯一になる。いやまあ高校時代まで両親には世話になったが大学時代からは一人暮らしになって、博士課程の途中からは赤城で暮らしている。別に疎遠になりたいわけではないが、帰る理由がないから帰っていない。俺の両親も比較的勝手に生きるような人だから問題ないだろうと思って親不孝を忘れている。
ポテトチップスは厚めで、歯ごたえがしっかりあった。塩味と旨味はたぶん良くない何かを感じさせるが、あまり気にしないことにしよう。今日はいっぱい歩いて動いたし、気がつかないうちにストレスを感じている可能性が高い。そういう場合には適切なカロリーの摂取が生命の維持にとって不可欠なのだ、とかいう無茶苦茶な理論が直ぐに頭の中に流れて消えていく。この種の与太話の才能はたぶん人工知能の情報を流し込まれた時に脳の回路が変な形でつながった副作用だと思う。
企業の活動というのを、俺は結構気に入っている。アカデミアと違って、それは明らかに利益のために行われるものだ。多少は不合理的な要素もあるし、単純に即時の利益に絡まないものもあるが、それは営利目的と反するとは限らない。手探りの中で営利に繋がる可能性のある活動を少しでも増やしておこうとすると、少なくない確立で無駄になるものにも投資が必要なのだ。このプレゼンを見る限り、
それに俺が絡んでいるというのは、ちょっとだけ嬉しい。ここの製品はそう遠くないうちに市場に出回る色々なものの基盤を作っているのだ。いやまあ超伝導体イヤホンとか色々でていますしオーディオマニアが変なことしていますがあいつらはオカルティストなので気にしなくていいと思う。
グラフが切り替わる。生産量の増加が必要とされる量の到達するのは三年後。つまり、人類はあと三年で重力特異点を作るための物質的ハードルの一つをクリアするのだ。こうなると他のものの達成期間が三年以下になるまで超伝導体分野への投資が止まりそうでそれはそれで怖いが、さすがに株価を弄くっている人工知能の皆様も惰性というものを持ってくれていると信じたいところだ。