超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ブラインド・デコンボリューション 7

『だからそれはあなたの仮説が間違っています、あなたが実際に計算してみればわかりますが』

 

『そんなわけないだろ君の言っていることは論点先取りだ、だから私が言っているのはあのモデル自体が自己撞着的で他にも有効なものがあるはずだということで』

 

『あるはずならあなたが出してくださいよ、少なくともあれは我々が得ている今までの実験データをきちんと説明している』

 

『データに合わなかった論文は出ないだけだ』

 

『実験データだけのやつもありますよ、あなたが上のほうのジャーナルしか見ていないから見落としてるんですよ』

 

そんな議論をしている隣で四辻さんが丁寧に開けたチョコレートバーを俺の口に突っ込んだ。先日もらって食べてなかったやつ。

 

『いやーすまんね、こいつも真っ当に議論ができるやつが珍しくて嬉しくなっているんだ。ほらルー、一応は先輩に対する敬意を払いなさい』

 

そう言うのは水城さん。さっきまで言い争いに発展しそうになっていた相手は水城さんがジュネーブでかわいがっていた人らしい。四辻さんより少し若いぐらいの学生さん。性別はちょっとわからない。とはいえそこはまあ本人が言わないなら気にしなくていいか。This one扱いしているので俺もそのあたりは避けるか。

 

『構いませんよ。あとあなたの意見はかなり正当なのでちゃんと詰めてみると面白いと思います。まあ結局俺が正しいという結論になると思うが』

 

『ナンセンスなことを』

 

うんうん、反骨精神を持つ若者は嬉しいね。しかし年齢としては学部生とかそのぐらいかな。それで俺の理論を理解して穴を把握しているとなれば大したものだ。水城さんが可愛がるのもわかる。

 

『あと四辻お姉様についてははじめまして、水城さんから話は聞いています』

 

『はじめまして、ルーとお呼びすればいいですか?。水城さんの弟子扱いされて大変ですよね』

 

『はい。彼女、勝手に師匠になっていてびっくりしますよね』

 

『ね……』

 

仲良しである。じゃあ若い奴ら同士はきゃぴきゃぴさせておくか。

 

「で、どうだい?」

 

『英語を使え、ここはアメリカだ』

 

『あー、一応あの人は日本語行けるよ?』

 

「本当?」

 

「あ、はい。私日本語非常に上手」

 

アクセントもかなり自然だ。このあたりを聞き取る耳は一応言語学をやっていたのでそれなりに身についている。しかし舌の使い方があまり口語的じゃないな。となるとあれか、プロの声優の作品とかそこから合成された歯切れのいい音声を中心に学んだ感じか。

 

「アニメとか好きですか?」

 

四辻さんが聞いた。耳が良いのか日本ならそういうコンテンツだろうという考えか。たぶん前者だ。

 

「うーん、現代日本のアニメはそこまで好きとは言えません。むしろジャンルとしては中韓のほうが好みではあります。絵柄の流行も最近のものは装飾が多めになっていて、むしろ手書きとCGの組み合わせであった二十年代ぐらいのものが」

 

「よろしい、ルーさん。君は十分アニメが好きな人だ」

 

俺は言う。いやまあ別に俺もそんな見ているわけではないし、世間で流行りになっているものもほとんど知らない側だと思うのですが、微妙なところの感じについていここまで話せる人は十分すきの範疇に入れていいと思うよ。

 

「しかし日本語か、ここ数日慣れていなかったから俺は戻すのに時間がかかる」

 

「主語が出てるよ」

 

水城さんに言われて俺は脳の中の言語構造を入れ替えようとする。なんていうか、リボルバーの弾倉を回す感じ。そういうイメージをルーティーンとして組み込んでいる。そういう説明でいいのだろうか。それを自分で説明するのはどうにも変な気分だ。自分を常に語ることでなんとか足場を持っているが、それを辞めてしまえば俺は自分の連続性とかすら気軽に手放していまいかねない。

 

「……ええと、古瀬さんはどうしてこれを作った、作れたのですか?」

 

ルーさんが聞いてくる。意図というより因果だろうな。そして俺達はその正しい因果を説明するわけにはいかないちょっとした事情があるのだ。

 

「……勘?」

 

「私もなんとなくだと思う」

 

俺と四辻さんが言うが、ルーさんは納得できなさそうだ。まあそりゃそうだろうな。俺達は答えを知っていて、そこから天下り的に理論を導出した。ルーさんが見ているのはその最終形だけで、得られた理論が整合性があるとしてもそこに足場を見出すことができない。機械学習とかではなくてなまじちゃんと理論に基づいた近似とか入れているせいで更に面倒なことになっている。

 

しかしそれを自分で探して言葉になるまで理解しようと試みるのは大変だったはずだ。偉い。褒めてやりたい。何かお菓子でもあげればいいかな、と変なことを考えてしまう。こういう年齢になると年下を褒めるときには安いもので釣るのが一番誤解がなくて楽になるのだ。

 

「んー、ずるい、と思います。たまたま上手く行っただけで、それは綺麗じゃない」

 

良い感覚を持っていると思う。納得しないというのは大事だが、それはかつては学びの邪魔になることも多かった。Shut up and calculate!、すなわち黙って計算しろというのは現代の量子力学および統一理論モデルにおいてもなおかなり主流とされる考え方だ。

 

しかし計算をだいたい人工知能ができるようになったので、人間は考えることぐらいしかやることが無くなってしまったのだ。案外この種の思考はまだ人工知能に人間が追いつけている数少ない領域である。

 

「科学の発展とはそういうものだ、しばしば理屈はあとから付いてくる」

 

「その理屈をつけようとするとうまく行かないんです、理解のために教科書を作っているのですが、それであまりうまい章構成ができなくて」

 

教科書を作る、ね。今どきは珍しいものではなくなった。かつてノートを取っていたように、人工知能があればある程度隙間を埋めてちゃんと構造化されたものを作ることは簡単になっている。その大半は人間が読むというより人工知能が圧縮された表現として活用するものであるが。

 

かつては素人が教科書を書いてもろくなことにならなかったのだが、今では生身の人間がどこで詰まるのかをはっきりとさせるための道具としてそれなりに浸透している。それをもとに他の人が学んだり解析したりして、知を拡大再生産していくわけだ。

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