超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ブラインド・デコンボリューション 8

『お前は冗談を言っているのか!?』

 

直前で発表者急病なら飛ばせばいいだろうと思ったが、ちょうどいいところにテーマに合った事をやっている人がいるので場を繋いでもらおうという思惑の下で声をかけられてしまった。

 

『私だってこんな事は言いたくないんだがね、仕方がないものは仕方がないだろう』

 

顔なじみというか、普通に隣接分野というか、そもそも俺が以前に作った解析ソフトのコアの開発者であるので俺が頭を上げられないような立場の、とはいえなんか普通にフレンドリーなおじさんである座長が俺に声をかけてきて嫌なことを告げたので、まあ大変なことになっているわけである。

 

『……外部に情報思いっきり流してリアルタイムでスライドを作らせてサングラス経由で原稿読み上げとかならできますがね、それをやらせるなら俺よりもこちらのミス・四辻のほうが適任で』

 

『私は遠慮しておきます。彼にどうぞ』

 

『だ、そうだ。レディのお願いを断るのかね?』

 

『いまどきそういうこと言うんですか?男性性からの解放は世界のどこに?』

 

そんな馬鹿な事を言いながらも、俺は準備を始める。

 

『すみませんね、母語を使わせてもらいますよ』

 

そう言って俺は持ち込んでいた端末をBIFRONSに繋ぎ、サングラスをかける。回線は相当速いので助かるな。

 

「今すぐ俺のやっていることベースでスライドを。詳しいことは全部そちらから聞いてくれ!」

 

眼の前に流れる文字を見ながら俺は叫びつつ指輪で高速に選択をしていく。面白いものは右、つまらないものは左。直感はかなり強化されていて、思考をすっ飛ばして結論もどきを用意してくれる。もちろんそれは熟考よりも外れが多いものだが、そもそも俺は馬鹿なので考えたってコイントスよりいい数字を出せるわけではない。

 

『丸投げしないんだな』

 

『水城博士をご存知ですか?』

 

『ああ、それと似た?』

 

『それのようなものだと思います』

 

好き勝手四辻さんが言ってくれているが、俺は基本的に判断を主体的にやっている側じゃなくて提供している側だ。向こうがメイン、俺が審査。主体は向う側にある。俺はあくまで現場の感覚と自分の中で言語化されていないものを向こうに察させる役割。

 

察するというか、世界についての協働モデルの話は人工知能分野では昔から研究されてきたやつだ。今の人工知能は集合的無意識もどきをクラウドで勝手に作って共有しているが、それはあまり人間向きの形式をしていない。かつてとある人工知能サービス提供会社が記憶システムをバイナリで出したら競合他社が一致団結して統一規格を出して結局元凶の企業が折れたみたいな話があった。

 

『ひとまずできたものを確認してください、さすがにそちらの依頼なので一応チェックをしてほしいのですが』

 

そう言って見せた画面には十数分程度で作ったにしてはなかなか悪くない出来のスライドがある。あとは練習だけだ。話す時間はおよそ二十分で、内容はサングラス経由で一旦確認した。うん、できるな。なかなか上手くやったほうだと思う。

 

『……面白いし、普通にいいものだな』

 

『六枚目と七枚目を統合したほうが構造的にきれいになる、余ったものは九枚目の方に送れば』

 

座長と四辻さんの言葉をさくっとBIFRONSに反映させた。よし、あとはこのスライドのアドレスを向こうに送っておけばいいだけだ。今どきはローカルファイルなんて概念がしばしばなくなるので助かっている。

 

クラウドコンピューティングは当たり前になったし、今どきはちょっとやそっとのファイルなら速度とかを考えなくても自宅から直接引っ張り出せる。電気代はそれなりに掛かるのは相変わらずだが。いや別に核融合が実現しても配電のシステムが無から生えてくるような訳では無い以上、どこかでインフラ投資の資金が必要なのですよ。別に国がやってもいいけど民営化とか色々うるさいですからね。

 

というわけで発表の時間である。四辻さんが前の方の来賓枠の席にさくっと座っているがそもそもここに来ている人が会場のサイズに比べてそこまで多いわけではないから好きなところに座っていいんだよな。ちなみに水城さんの方は行政的な調整の方のカンファレンスに参加しています。大変そうですね。

 

『あー、では紹介していただいた古瀬が発表します』

 

声色の調整。背筋を伸ばせ。音の高さと響きを調整すれば、あえて大きな声を出す必要はない。今どきのマイクは色々と性能がいいのだから信じよう。

 

案外俺は楽しんでいるんだな、と声色からわかる。言っていることの三割ぐらいはまごうことなき嘘だ。もちろん大抵の学会発表だってイントロダクションのところは捏造になるが、そうじゃなくてもっと根本的なところから俺は嘘を吐いている。

 

昔はそういう自分にどこか引っかかるものがあった。そういうのを持っているのが自分のせめてもの人間性の欠片みたいなもので、それが無くなったら終わりだみたいな。まあ、そういうのはわからないでもないし単なる幻覚だと言い切るのも難しいのは認めよう。

 

『この統合が生んだことについては皆様もご存知でしょう。少なくともこの時以来、皆様のところに査読依頼のメールが増えたのは私達のせいです』

 

ジョークなのかわからなかったがそれなりに笑ってもらえた。いやぁ名簿とすれ違った人の様子からどういう参加者構成かを一瞬で分析してその人たちに面白いと思ってもらえるようなネタを仕込むというのは普通に人間の脳では無理ですね。一歩間違えれば危ない話である。

 

その危ないことを、俺はできている。思ったより簡単に。今まで越えまいと思っていた一線が案外雑に踏めてしまって先に進めてしまったことに、恐ろしさを感じるべきだという思考がある。思考があるだけで恐ろしいというわけではない。この切り離しはかなり変だ。変だと理解しているがどうとも思わない。

 

解離に近いのだろう、と考える。人間は自分を客観視することなどできないので、客観視している自分の演じるならばそれはどこか切り離されて浮いた思考を空回しすることになる。そこから間接的に自分を動かすことで色々なものに巻き込まれない感情制御ができているが、それがいいものかはわからない。少なくとも、二十分のスライド発表のために捧げていい人間性ではない気がする。

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