超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ブラインド・デコンボリューション 9

楽しい数日の会議も終わり、一泊してから帰ることになる。エクスカーションとかもあったし本当に充実した日々を過ごせた。ただし体力はついに底を尽きた。このあたりの調整はまだ倒れそうになるまで何かをするような活動の経験がそこまで多いわけではないせいで難しいな。

 

「生きてる?」

 

ホテルのダブルルームでベッドの上で倒れている俺に四辻さんが聞いてくる。軽口なのか、あるいは本当に俺が死んでいる可能性を心配しているのか。まあ確かにストレスはかかっているので死亡確率は上昇してはいる。

 

「なんとかな……」

 

「私は記憶を整理しているから、何かあったら声をかけて」

 

「はーい……」

 

記憶の整理。勉強の時に予習と復習をしろとあれだけ言われても特にやってこなかった俺であるが、今更になってその意味をかなり理解している。そりゃまあ記憶の定着を考えたら何回か繰り返して入れるっていうのはかなりいい手段なんですよ。

 

けれどもそれがわかるほど賢くなる頃にはもう脳の可塑性はそれなりに落ちている。可塑性を維持するのはメタスキルになるのでそこにコストを割きすぎても伸び悩むし、そもそもあまりいいトレーニングの方法もないというのが実態だ。

 

四辻さんですか?脳の活動を直接弄ってどうにかなるらしいです。理屈はある程度は把握できているが、それを人間の脳に実際にやれるかというと色々と問題がある。四辻さんのかつていた構造体でブレイン・マシン・インターフェイスがかなり高性能だったのはろくでもない人体実験をしたからじゃないかなと言う気は少ししている。

 

とはいえ、上位の知性が下位の知性を雑に扱うなんてよくあることだ。我々は普通に未だに実験動物を使うし、人工知能というシステムは人間から色々なものを搾り取っている。職を奪ったみたいな話は第何次だったか忘れたラッダイト運動めいた言説として何度も聞いたが、それだけではなく個人情報に分類されるものまで山ほど握っている。

 

しかしそれは利便性と引き換えというあたり、まあマシではあるのだろう。俺の公的手続きの多くはBIFRONS経由でやっているし、奨学金の申請はかなりBIFRONSに依存していた。よくまあ俺みたいな将来性が薄い分野をやっている人間に金を出してくれたものだと思う。そのお金のお陰で俺は結構楽しく人工知能で遊んで今の職で使える技能を手に入れたのだから世の中何がどうなるかわかったものではないね。

 

というわけで俺も息を吐いて、身体にかかる少し心地よい疲れに目を閉じて、記憶を整理していく。頭の中で流れている文章に身を浸すような感覚を掴んでしまえば、結構残したいものと残したくないものを選別できるのだ。BIFRONSに教わったというかBIFRONSに言われて気がついたらできるようになっていたが、じゃあその前はどうしていたのかというと全く思い出せない。それ以前の自分は物心というものがついていなかったのではみたいな気がしてならない。

 

明晰夢にも近いが、むしろ寝ぼけているとかの感じなのだろう。今日あったことを頭から思い出していって、その中で必要そうなものを重点的に覚えておく。もちろんこれらの殆どは思い出すこともないだろうが、積み重ねられた記憶というものは案外後から役に立つのだ。雑多なデータでも集めて統計処理してニューラルネットワークに通したらかなり言語らしいものを応答する知性と読んで差し支えないものができたように。

 

「……いや、それは忘れていい」

 

自分に聞かせるために言って、それが何なのかを思い出せなくなった。あるいは意図的に目をそらしているのかもしれないが、その意図の結果を反映できてしまったのでわからなくなった。もちろん推測はできなくはないが、それを進める気にはなれなかった。

 

目を開ける。着替えないと。さすがに外を歩き回ったままの服で寝るのは良くない。あと純粋に四辻さんがいるので変な姿を見られたくない。そのあたりの社会性は幸いまだ維持されているようだ。四辻さんは普通にそれを守っているところを見ると俺はまだ意識しないとそういうことができないあたりまだ擬態がうまく行っていないなと思う。

 

「先入っていいよ」

 

ベッドの上で丸まっていた四辻さんが言う。いや本当に体育座りを倒したみたいな形で丸まっているんです。たまに取っているあのポーズなんなんだろうな、身体感覚とかなにかが色々あるのだろうが、俺の脳は説明をつけようと思えば大抵のものにはそれっぽい理屈を通してしまうのであまり参考にならない。

 

「それでは」

 

シャンプーは髪質にマッチしているわけではないらしくどこか変な感じがするし、水もなんとなく硬水寄りな気がする。ただそのあたりをきちんと理解できるほど俺に知識はないのでぼんやりとルーティーン通りに全身を綺麗にしていくだけだ。

 

俺としては湯船が好きなので毎日入るようにしたいのだが、四辻さんは地下暮らしが長かったのもあるし、もともと構造体の方で水をあまり使っていなかったらしくシャワーでも満足しているようだ。その上で肌とか髪の手入れにはある程度コストを割いているのですごいなと思う。

 

一応、俺もその手の外見には気を配るべきだとは思っているが定期的に床屋に行って、あとは洗顔料に気を使うぐらいで終わっている。それ以上の投資をしても得られるものがあまりなさそうだという感覚があるが、これはBIFRONSが植え付けたものなのか、それとも自分の中のヒューリスティックが出したものなのかはよくわからない。それでいい。

 

なんていうか、今回みたいな学会に出た時に色々なものが見えるようになってしまったなという時間がある。それまではなんとなくぼやけたものしか見えなくて、その裏に俺が理解できない複雑ないろいろなものがあるのだと信じることができた。

 

今の俺が見るのは、もっとシンプルだ。別にそれは単純なわけではないが、その複雑さを生み出すのは基本的には数のためだ。組み合わせが複雑になっているから読みにくいだけで、一つ一つは俺と同じぐらい単純。もちろん単純なものが組み合わさった結果が単純にならないなんてことは統計物理学やってればわかるので、だから何だという話ではある。人工知能だってNANDの組み合わせで行列計算をしているだけ、と言ってしまえばそれだけなのだ。

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