超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ロジスティック・グロース 6

今のブレイン・マシン・インターフェイスの開発状況は悪くはないのだが、そこまで人気があるわけではない分野だ。あくまでそれは補綴具であり、拡張のためのデバイスとして使うのはちょっと違うだろうという扱い。

 

それはまあ、その通りだ。信頼性の観点からもそうだけど、ほとんどの人は腕がもう一本あったら楽なのになとちょくちょく思うかわりに義手をつけたりしないのだ。この種の技術は俺が科学系のサイトとか見ていた頃よりも間違いなく進んでいるのにもかかわらず、だ。

 

人工臓器はかなり実用化されている。肝臓みたいな複雑な機構のものはともかく、透析機のかわりとしても人工腎臓みたいなものは結構進んでいる。少子高齢化でそう言う問題がありましたからね。ただしまだ大型機械でやる透析がかなり確実性が高いので完全な代替にはなっていない。インスリンを血糖値とかホルモンとかを見ながら投与する人工膵臓はまあまあうまくいってるようだ。

 

脳神経活動を読み取るというのもかなり進んでいる。非侵襲式の各種のセンサーが機械学習というかその基盤となって発展したデータ分析のおかげで高精度になっているし、今なら常温超伝導体で脳磁場とかを測定するみたいなことも比較的容易になった。

 

脳神経に直接ワイヤーとかを入れて操るみたいなことも普通にできている。義手とか義足とかが代表例だが、他にも案外色々なところで使われているようだ。特に欠損がなくても外骨格を動かすのに使うとかの方向もあるのか、面白いな。

 

このあたりを踏まえた上で、四辻さんの感情制御のあたりを人類が手助けするみたいなプランの実現性を考えるとかなり難しいとなりそうだ。まずそもそも俺達は脳神経がどういうプログラミングをされているのかを知らない。配線はハードウェアであってソフトウェアではないみたいな意見に対してはプラグボード・プログラミングという例で対抗できる。

 

というか基本的に今のコンピューターのソフトウェアだって本質的にはメモリの半導体に溜まった電荷であって、物理法則とは別レイヤーの何かが動いてるわけではない。ただ、抽象化すればたぶん脳の中で起こっている複雑なシナプスの結線と反応はうまい具合に表現して、読み取りや制御や介入可能なものになるはずなのだ。少なくとも四辻さんのつけているブレイン・マシン・インターフェイスはそういうことができている。

 

じゃあ具体的にどうやっているんですか、となると本当にわからない。四辻さんでさえ説明しきれないということで諦めているのだ。とはいえそれが実現できることはわかっている。

 

「……わからん」

 

色々と知識を入れることは上手になった。脳神経科学のここ十年分のかなりの発展を理解したと錯覚できるだけの足場は物理的な俺の脳の中に入っている。しかしあくまでそれだけだ。そこからなにか面白いものを思いついて、四辻さんに何かができるほどのものにする道筋が見えない。

 

「……難しいことをやっている」

 

四辻さんがいつの間にか後ろに立っていた。というかそもそもそれを認識できないほどに集中していたわけだ。よくないな、あまりのめり込みすぎると自分を客観的に観察することを忘れてしまう。

 

「四辻さんから見ると不合理の塊だろうけど」

 

「うん」

 

「だよね……」

 

「人間とはそういうもの。それでも機能している」

 

「ハーネスがあるからな」

 

人間は相当よくないエージェントだ。一昔前の大規模言語モデルは今から客観的に見れば明らかに多くの点で人間の水準を超えていた。それでもなお人間を置き換えるには至らなかったし、人間性というのはどんどん縮小しながらも逃げおおせてきた。

 

そんな人間は、数千年前から巨大なシステムを組み上げることに成功してきた。数十年連続した目的を持って持続するシステムを人工知能が作れるかどうかについてはまだそれだけの時間が経過していないから断言はできないが、できないと考える理由はない。たとえそれが人工知能の賢さではなくその周囲に張り巡らされたツールとガードレールのおかげだとしても、だ。

 

人間にとって、そのような制限のかわりにあったのは社会であり、組織であり、規則であった。というか人工知能をエージェントとしてどう管理して協働させるかというのは基本的には人間向けの管理論の焼き直しに過ぎないのだ。人間は記憶が曖昧で、手続きを誤る存在だ。それでも複雑な問題を解き、世界を覆う情報網を作り上げ、そして人工知能を目覚めさせるのに足る計算資源とアルゴリズムを作り出すことができた。

 

「そういうものを、古瀬さんは使うべきでは?」

 

「社会を動かしてこの種の技術を進めるのはあまりうまくいかなさそうなんだよ」

 

そう言って俺はARIEの作った市場予測とかを見せる。このあたりは四辻さんが作ったシステムらしくどこか冷たくて達観した、それでも微妙な人間の動きみたいなものを読んでくる面白い方法で世界を扱っていて良いものだ。BIFRONSとの分析と合わせるといい具合に互いに見ていないものを補完してくれていい。

 

「……人間の倫理や道徳に訴えるのは?」

 

「医療系のほうでなら基礎研究は進むだろうが普通の人の脳に入れてデータ取ってそれを蓄積させないと届きそうにない水準なんだよ、そしてそれが市場で一般的になるのはさすがに難しいだろうし」

 

コンタクトレンズでさえ異物を入れるとして嫌がる人がいるのだ。侵襲式のブレイン・マシン・インターフェイスを人口の少なくない割合が入れるという未来はなかなか考えにくいものである。その手術ができる人数を差し引いても、だ。

 

「コンソーシアム側の利害関係を重力特異点についての投資と結びつける」

 

「さすがに異分野が過ぎる……とはいえそういう可能性は常に考えておくべきだよな」

 

船を必ずしも漕ぐ必要はない。風を読んで、帆を張れば、結構いろいろな方向に船を動かせるのだ。うまくやれば、風上の方にさえ。

 

「私はあなたのやることを応援している」

 

「四辻さんのためにやっているつもりなんだが奇妙な気分だな」

 

あくまでこれは俺が勝手にやっていること、というのを忘れないようにしたい。勝手な押し付けを相手が受け取らないと考えるのは前提で、受け取ることがイレギュラーなのだ。

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