超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ロジスティック・グロース 7

「全然駄目!何が必要なのかすら俺達全然わかってないんだぜ?」

 

そう言って爆笑している准教授の彼は、おそらく日本で一番真面目に精神転送技術を研究している人である。哲学、脳神経科学、細胞生物学、神経工学、認知科学、計算機科学、高解像度非破壊測定技術などに精通している人である。事前に調べた限りでは、本心から精神転送をやっているとしか考えられなかった。少なくともシンギュラリティ系の話で「よくわからないけどなんか科学技術が進んだらそういうことできるでしょ」とか、それぞれの専門があった上で「まあこの技術突き詰めたら精神転送とかできるかもしれませんね!」と言っているような感じではない。

 

「……それを言っていいんですか?」

 

俺はちょっと冷静になってしまう。ひとまず頼れる人がいないかと探ったらコンソーシアム関係者にこの人の名前があってブレイン・マシン・インターフェイスのあたりの改良で人工知能使いたくてみたいな話をしたらさくっと時間を開けてくれた。なのでこちらから赤城土産を手に赴いたわけである。

 

「いやぁ人工知能すごいと思って手を出してはいるんだけど結局は入出力を対応させた適当なブラックボックス扱いしてパラメーター調整するのが一番っぽいね!それが自分だと思えないなら精神修行が足りないということで」

 

「もしかしてハードプロブレムを気合で解決できるものだと思ってらっしゃいます?」

 

「それは気合の問題でしかないが?」

 

ここまで言い切ってしまわれると時に反論もできないので俺は黙って頷く。

 

「さて、一旦前提を説明させてもらうぜ。意識を何かに移し替えて永遠に生きながらえるみたいなのは昔からある夢だ。魂を身体と切り離す発想は神話の時代からあるし、不死身のコシチェイにしろヴォルデモート卿にしろ、なにか大切なものに自分の一部を封じ込めるみたいなものはあった」

 

「しかしそれは意識を丸ごと残すとはまた違うのでは?」

 

俺の言葉に相手は頷いた。

 

「その通り。心身二元論をハードウェアとソフトウェアという概念で説明できるようになったのは、人間が魂についてあれこれと考えていた時期からすればここわずかに過ぎない。そしてその上で結局脳は単なる情報処理だけではなくもっと複雑なことをしているとなった」

 

「ニューラルネットワークの重みのような単純なものではない、と」

 

「ああ。接続状況だけなら人類はマウスの脳をかなりの精度で再現できるが、その中で起きている具体的な通信状況は未知数だ」

 

「マウスってどれぐらい神経細胞があるんでしたっけ」

 

「ざっと七千万。ヒトはその一千倍だ。まあ接合数の増加のオーダーが定数倍なのが救いだね。そしてその配線図、コネクトームを使ったところでそこに重み情報が埋め込まれていない」

 

「神経伝達物質の放出確率と量と、それと受容体の数みたいなものですか?」

 

「シナプス後部を形成する樹状突起スパインの形状、チャネルの配置、それにアストロサイトによる調節。それをニューラルネットワークとして扱ったところでマウスの脳を再現できるわけではない、という研究が一つ」

 

「そうではないものは?」

 

「俺達が使っているマウスの脳を計算するのに必要な資源はリアルタイムのシミュレーションのためなら普通のデスクトップパソコン程度だ。そしてそれだけあれば、チューリングテストで人間に見分けがつかないものを動かせる」

 

「……マウス版チューリングテストがあったとして、それを脳を再現しないものが突破できそうだ、と」

 

「そう。俺達の作った脳の実装が悪いという可能性は十分にあるし、実際かなり無駄な要素とか変なもの組み込んでいると思うんだが、それでもマウスの振る舞いを再現することには成功していない。そもそも俺達がやっているのが正しい方向なのかもわからない。形だけ似せた木の箱をコンピューターだと思ってよくわからないままおままごとをしている可能性すらあるわけだ」

 

俺は頷く。届かない水準にあるものを扱おうとした時、人間は変なことを起こすのだ。人類は水銀から金を作ることができるが、そのために必要なのは賢者の石ではなく中性子線だった。俺達がそういう事をやっていないと否定する根拠は特にない。

 

「……むしろそれなら本物の脳を使うか作ったほうがいいんじゃないですかね」

 

「脳オルガノイドの研究は今どきは倫理審査通りにくいからできないんだよな……。人間でやるほうがいっそのこと楽まであるし」

 

「そういえばされていましたね」

 

「見るか?」

 

そう言って彼はこめかみの部分を俺に寄せてきた。肌から生えている端子がある。

 

「これは磁石みたいなものでくっつくんですか?」

 

「そうだ。しかし埋め込んだ時期が良くなかったな、早く入れたほうが色々なデータが取れて便利なのだが、次から次へと生まれる技術をうまく取り込みきれない。また頭を開けて配線をやり直すのは難しいし、そもそもかなり癒着するような素材で作ったから取り出したらどうなることか」

 

この准教授は笑っていっているが、俺からすると結構怖いことをやっている。認識を散々いじくりまくっておいた俺が何を言うかという話であるが、肉体に異物を埋め込むと当然免疫反応とかもの問題は起こりうるのだ。

 

この人が脳に入れている素材は、四辻さんが示したものだ。というかその実用化についてのチームの一人がこの先生だったし、安全性の確認の被験者にもなったわけだ。一つ間違えれば人類の精神転送が少し遅れる事故が起こるところだったが、そもそもそんなものはできないような気がしているので最初から問題ない気もしてきた。

 

というかそもそも精神転送なんてものはSFのなかでもかなり無茶苦茶寄りなのだ。常温核融合とかよりも人間が乗れるタイムマシンとか超光速飛行とかワープポータルだとか不老不死と同じ枠。というか別に俺は意識をアップロードして計算として生きたいとはあまり思わない。

 

「ま、ブレイン・マシン・インターフェイスで脳から取り出すんじゃくて脳に入れるほうの研究だったよな、そこまで注力しているわけではないが話せるものはだいたい話すつもりだ。別に隠すような内容をしているわけではないからな」

 

そう言ってくれるのは助かるがちゃんと機密管理とかやってくれないと困るんですよね、俺が盗んだとかいう風にあとから言われても困る。実際には俺達がアイデアと実用化の功績をを押し付けていくのだろうが。

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