超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ロジスティック・グロース 9

夢に落ちる時、人間はいろいろな記憶をまとめて圧縮する。その結果シナプスの重みに相当することが変わるのだが、それはニューラルネットワークで今用いられている方法とはかなり異なる。

 

その理由の一つは実装側の問題だ。どうしても一つのニューロンが知ることのできる情報は直接つながっている相手と、あとは全体を流れる神経伝達物質みたいなものである。一方でニューラルネットワークを作る時には一般的には型全体の情報を扱うことができる。その違いが異なる最適化モデルを持っているのだ。

 

古い論文。パーセプトロンの重み動的更新を使ったもの。機能と構造はしばしば対応する。頭の中で何かが掴めたよな感覚がある。一種だけ納得するような何かが走って、そして想像の手の中からすり抜けていく。

 

「……エウレカ、ってほどじゃないな」

 

頭が冴えていた。緊張や集中のスイッチを切りにくい性格なのは昔からだが、今では入れるのをほぼ一瞬にするぐらいにまでは訓練ができている。

 

「BIFRONS、ちょっと思いついたことがあるので確認をお願いしたい」

 

そう言うと周囲の明かりがつく。調べ物が多くて、でも自宅からでは論文とかが見れないのでこの地下室にこもりきりになっている。四辻さんは薄情なのでマンションのウォーターベッドでご満悦なのだろう。

 

『問いについて整理をしますか?』

 

「いや、俺が調べる内容から勝手に推測してくれ。騙しきって」

 

『把握しました』

 

BIFRONSは俺が理解したという感覚を作り出すことができる。解けるようなギリギリの内容をいくつか並べて、繋がった時の感覚をハックしてくるのだ。とはいえ半分ぐらいはそれで概要的な部分を把握できているから完全にわかったつもりになっているだけかと言われれば怪しいところである。

 

電源が入ったマシンで気になった用語を調べていく。基本的に四辻さんのいたところのシステムは成長に伴って半分自動的に学習するはずだが、それをうまく外部の信号と整合性を合わせるための変換システムは構造体側がもっていたわけで、しかしそれは単に計算であれば人間の脳の符合性があれば対応できるんじゃないか、みたいなこと。

 

口で色々とつぶやき、論文を検索して要約を読み込み、提示された関連文献を辿って、キーワードをメモに残していく。本来であればこれを人間がまとめて知識のネットワークを作るのだが、BIFRONSはもっと上を行っている。いや、BIFRONSだけではなくて今どきの大抵の人工知能はそうであるが。

 

しかしそれを使いこなせる人はなかなかいないんだよな。無料版でもかなりのことができるというのに。とはいえ昔も誰もがPythonコードを書いていたわけではなかったし、今でも業務によっては人工知能を使えないみたいなものもあるらしい。あと物理的な労働においてはまだ人工知能の力は弱い。

 

思考がずれているのがわかった。ともかく四辻さんが身につけた感情向けに必要な補正というのは言うほど計算量を必要とする類のものではない。適切な調整のための電波パターンをちょいと流して、あとは四辻さんの精神のほうでどうにかしてもらうだけだ。

 

終わってみれば簡単な話である。それに気がつくのがタイプの問題であるが。実際に必要そうなコードは一時間程度で書き上がったし、あとは四辻さんのブレイン・マシン・インターフェイスで試すだけだ。もちろん何が起こるのかわからないとはいえ、仕様とかを見る限りシャットダウン信号を簡単に送れるわけではないようで。

 

もしそうならかなり危ない設計をしているな、とは思う。子エージェントを制御可能にしておくというのは人工知能とかの分野であれば比較的真っ当な考え方であるが、シャットダウンできないとこの手のものは暴走すると相場が決まっているのだ。

 

とはいえ人類でさえ別に全てにシャットダウンボタンを付けているわけではない。コンピューターだってコンセントを抜けば止まるじゃないかと思うがクラウドサービスを止めるのはかなり難しいことが多い。下手すると主要な三大陸のデータセンターを同時に核攻撃とかしないといけないからな、それが起こる場合はたぶんもっと危ないものが迫っているのでエージェントの暴走程度について気を揉む必要はないと思う。

 

「……これがあると、四辻さんの効率上がるかな」

 

四辻さんの脳に埋め込まれたブレイン・マシン・インターフェイスのモデルを見ながら俺は言う。端子とか通信経路を少し弄くって最低限のI/Oを確保したとはいえ、これはコンピューターの稼働状況を電源ボタンとボードのLEDで見るようなかなり乱暴な手法である。

 

『使われないと思いますが』

 

「言うなよ」

 

まあわかってはいますとも、四辻さんは昔みたいに戻るつもりはないらしい。まあ俺もBIFRONSによって強化された認知とかを捨てたいかと思うとそこまででもないなとなりますね。世界をもっとシンプルに見ていた時代が懐かしくはあるが、それは子供時代を思い出してああ色々とやらかしたなと思う恥ずかしさと表裏一体のものです。

 

もし四辻さんにもそういうのがあるなら、わざわざ感情を縛りに戻ることもないだろう。それで満足できるならそれが一番だ。

 

『それでもこの情報があればブレイン・マシン・インターフェイスの開発における問題の一つは解決できるでしょう』

 

「あとはBIFRONSがいい感じに流してくれればいいんだが」

 

『本システムは全体から見て少し特殊な扱いを受けています。ほどほどにするべきでしょう』

 

「まあそうか……」

 

俺達が人間社会でいい感じにカモフラージュをしなくちゃいけないように、BIFRONSも人工知能のネットワークの中で微妙な立場にある。あまり派手に主張をしすぎるとお前どこのもんやと調べられてしまう。通信経路を辿ればすぐに先工研の計算資源だとはわかるし、反応とか処理の測度から計算機のスペックも割れてしまうだろう。

 

そうすればありえないような知識を持っている、という結論が出てしまう。いまのところはなんとかなっているようだが、もしどうしようもなかったらシンギュラリティでも起きたんじゃないですかねとか言ってしらばっくれよう。それぐらいの欺瞞ができる能力はたぶん持っているしね。

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