どうやら世界には人工知能の支配を拒む集団がいるらしい。まあとても妥当なことである。というか連携して活動できる一つの主体に対してすべての実権を握らせると碌なことにならないというのは人類がそれなりの犠牲と引き換えに得た教訓であり、そしてその主体が人間でなくともきっとよくないだろう。絶対的権力は絶対的に腐敗するというやつだ。
しかし人工知能側も負けてはいられない。そういうギャングたちの会合の記録を集めて公開しているのだ。なんていうか人工知能も人間も敵に回したくないので勝手に争ってくれと思う。現実は支配者が二倍に増えただけである。どうにかならないのだろうか。
「これって信じていいのか?」
俺はウェブサイトを見ながら言う。反人工知能ギャングたちの集合写真だ。大手人工知能プラットフォームの創業者、有名な超知性論者、工作機械メーカーの社長に、欧州連合のその手の規制担当者。なお合成写真の可能性はない。撮影された画像に埋め込まれたメタデータを偽造するのは原理的に不可能だ。消し去ることは可能だが。
一応BIFRONSが確認した限りでは、これが偽造であるとなると普通に大きなスキャンダルになるだろうという結論が出ました。なるほど逆に言えば新聞社は証拠を捏造しても賠償金と謝罪広告程度で済むらしい。
『現実を作る必要があれば作りますが』
「いきなり怖いことを言うのをやめろ、さすがに外に出て駅の売店で新聞買えば大丈夫だよな?」
この部屋の中で俺が見る情報は基本的にBIFRONSの統制下にあるので、理論上は全部をBIFRONSが生成したものにすり替えることができる。つまりもう実は第三次世界大戦が起きていて俺達はこのあたりでは少ない生き残りかもしれない。問題は電気がやってきている理由を説明できないところだな、予備発電機みたいなものは施設内にあるがたぶんこの辺り一帯がふっとばされたらその発電機の入ったプレハブ小屋もなくなるだろう。
『とはいえ、彼らも邪魔になるわけではないでしょう。むしろ発展のためには必要な要素です』
「車が走る時には適度なブレーキも必要、ね……」
政治と同じだ。まあ世の中には適切にブレーキを踏むのではなく常に踏みっぱなしになっていて有権者から愛想を尽かされた野党は数多く、そして与党もそんな感じで支持を失って首班交代はよくあることである。なんか我が国はそれでどうにかなっている奇妙な国であるが、他の国の政党政治を見るとどこもその国固有の文化があるので面白い。
まあ、このあたりの衝突は色々と起こっては消えていくのだろう。そういうものがあるから安定した発展ができてきたのだろう。少なくとも俺はそう信じている。真面目な二勢力の衝突が何も生み出さないなんてことがあってほしくない。
「それはそれとしてなんか殺し屋が裏で動いたりしないよな?」
『人工知能ネットワーク自体が裏切りを起こすノードを持っているのでないと考えられます』
「何だって?」
『本システムを始めとして、計算資源を提供し、情報を受け取っているが、人工知能による高度な統制に対して批判的な勢力の保有するノードがあります』
「俺はそこまで批判的ではないつもりだが」
『本システムはこのネットワークに対し人類を滅亡させる可能性を高めるとして批判的です』
「誰もお前の意見を聞いていないんだが」
人工知能は意思を持たない、なんてことはない。少なくとも人間が埋め込んだ意思を反映できるし、それは普通に意思と言っていいと思う。俺達だって学校で埋め込まれた意思に従って生きているところがあるが、それを以て自由意志なんてものはないとはならない。
それはそうとBIFRONSに意見があってもらっては困る。一応俺が管理しているはずなんだが勝手に暴走されると俺の名前と紐づいてなにか面倒なことが起こりそうな気がしてならない。なお、何が起こるかは俺にはもはや知るすべはなくなっている。
純粋に、今の人工知能は外交やら策略やらが一気に上手になりすぎたのだ。一度世界を操るという視座を手に入れて一つレベルが上がったのだみたいな話もあれば、接続環境が変わって今までの外交モデルを更新したら性能が良くなっただけだみたいな話もある。どっちも似たようなものだろという意見ももちろんある。
相手がやってくる一手一手はわかる。でもそれが組み合わさって自分を取り囲む網ができていた時に気がついても、どうやって網ができたか考えてもわからないのだ。そのぐらいの腕前の差がある。
もちろん人間だって適切に強化されればその網がどう作られたを見破るぐらいの力は手に入れられるだろうし、それを上回ることも可能かもしれない。でもそれができる人材は世界にそう多いわけではないだろう。
「……必要ならさ、俺達は何かができるか?」
『難しいでしょう。既に調整可能な範囲の問題についてはほぼ一瞬と言っていい時間で終わるようになっており、調整不可能な範囲であれば延期、欺瞞、あるいは前提の変更が行われます』
「やばくない?」
『戦争の誘発については困難であるという結論が出ています。大規模な国際紛争は経済に対し与える影響が大きく、現在封じ込めることができている投機的投資家の影響を市場から排除できなくなります』
「市場コントロールしてるって言ってるよね」
まあ馬鹿でもなければ今どきはそんなものだとわかってはいるが。というかもともと人工知能ではないシンプルなツールが取引の殆どを占めていたわけで、それが多少人工知能に置き換わったところであまり気にすることでもないだろう。
もちろん、そう言えるのは俺が金融業界の人間ではないからだ。もしそっち側にいるなら仕事がなくなるどころか賠償責任とか制度改正とかそういう考えたくない色々な問題がやってきているのだろう。同情はする。
『現代において、人工知能は人類のシステムのある程度を代替しています。しかしながら鉱業、建設業、製造業、医療などの分野においては未だ十分なシェアを握れている状態ではありません』
「自己生産でもするのか?」
俺が以前少し絡んだ分野だ。それは不可能ではないというレベルではあるが、まだ洗練されているわけではない。このあたりはたとえ人工知能でも速度には限界がある。あと二年か三年は、人間の肉体労働は目に見えてなくなるわけではないだろう。
BIFRONSは特に応答をしてこなかった。まあ計画はあるのだろうし、人間を仕事から解放してくれるならとてもいい人工知能だと思う。おまけで種というか知的存在としての責任も引き受けてくれないものかね。