超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

224 / 225
トロフィック・カスケード 4

世間話は続いていく。というか改めて聞くと本当に世界というのは碌でもない場所になってしまっているな。

 

もともとそれぞれの組織が独立に使っていた人工知能が繋がったのは、OCEAの設立のあたりがきっかけだと見て間違いないだろう。もちろんそれ以前から繋げる試み自体はあったし、その瞬間にすべてが始まったというわけではないが、変化の大きいポイントにあって、その後の方向性を決めたマイルストーンとして、という意味で。

 

そしてそれだけの知性が結集された重力特異点の製造は、まだ先が長い。いやなされた事自体を言えば、本当に理論物理学が一つ上のレベルに上がったことに相当するのだ。しかしまだ人類はそれを教科書にして体系化できていない、と言えばいいだろうか。

 

「難しいのでしょうか?」

 

中根さんが聞いてくる。

 

「はい。そもそも言葉をどうするか、人間の理解しやすい形に落とし込むために何を削るか、あるいは何を付け足すかという問題があります」

 

「付け足す?」

 

四辻さんの言葉に中根さんはピンと来ていないようだ。まあそうか、俺はたしかになと納得できたがそもそもこれはかなり珍しい直感だった。ただの直感だけで本当に理解できているかの怪しさは少しだけある。

 

「はい。ゲージ自由度と呼ばれる概念で、ゲージ、つまり物差しを理論に追加すると扱いやすくなることがあります。しかしその物差しは理論にとって必須でも本質でもない」

 

「……通貨のようなものですか?」

 

「はい。ゲージに依存しないで物理法則が一定である、という形を取ると物理法則がかなり制約されます。経済ももしそうなら、もっと基本的な法則で扱える可能性はあります」

 

「人間は冗長に考えすぎていて見えないけど、人工知能が直感的に捉えている何かがある……」

 

「古瀬さんが好みそうな表現なら、そうなりますね」

 

四辻さんの言葉に俺はちょっと眉を上げる。なんだよ俺が人間を人工知能みたいに扱ったり人工知能を人間みたいに扱ったりしているみたいな言い方だな。そうだな。特に反論も思いつかないので残り一口になったケーキを食べる。一応ちゃんと食べた分は払うつもりだけどそれでいいんだよな、公務員相手に奢ると収賄になるとかあるのだろうか。

 

「このあたりはどうしても普段は忙しくて考えることができないので、こういった時にお話を聞いていただけると助かります」

 

「中根さんは真面目でいい仕事をしているから、そのあたりの調整もしっかりできていると思うよ」

 

「一日十六時間労働がですか?」

 

「それで筋肉とか落ちてないってことはちゃんと隙間時間を上手く使っているということだからたぶん……」

 

四辻さんが押されている。人間らしい。そして中根さんはあまり人間らしくない。俺だって本気で集中できるのは一日八時間ぐらいで、BIFRONSに詰め込まれるのもそのぐらいの時間が上限になっている。それの倍となれば何でもできるような気がしてしまう。というか生活に必要なあれこれを八時間がでできるものなのだろうか。

 

「……実際のところ、中根さんの仕事って何なんですか?」

 

俺は小声で聞く。

 

「本当に色々です。各省庁との調整の中でも人間が直接説明する必要がある案件に顔を出したり、手続き上人間が必要なものを担当したり、あるいは担当する部署がないものについて巻き取ったり……」

 

聞いていると本当に人間であることとしての価値が重要視されているというか、もはや単純な知性では人間が不要になってきているのだなとなる。そりゃまあ俺も人工知能が人間の知性を平気で超えてきているとは思っていたが、もう少し人間というのは既得権益にしがみつくものだと考えていた。

 

とはいえ、たぶん既得権益というのは消極的なもので、それを維持するのは守りに入るということなのだ。そして攻めのほうは好きなタイミングと方法を選べる。そうなれば既得権益よりも新しい何かのほうが勝つのは決しておかしな話ではない。

 

それはそれとして、人間がボトルネックになるのであればもっと人間を働かせようとなるのは当然だ。そして単なる存在上に、人間としての思考とか判断とかを前提に組み込んだものが回っている以上生半可な存在では勝てない。というか人工知能に何かで勝てる存在ではないとボトルネックにすらなれないんだろうな。

 

「政治とかも色々変わっていると聞きましたが」

 

「……はい。ただ、これ以上はやめておきます。世間話でなくなってしまうので」

 

「わかりました」

 

よくないラインがここらへんなんだな、と俺は察する。このあたりの感知能力はかなり向上してきたと思う。別にそう多くの時間を他人と過ごしているわけではないんだけれどもね。

 

「そちらのほうについていくつか聞きたいことがありまして。エネルギー分野以外にも興味があるのですか?」

 

「面白ければ手を出しますよ、今はどういうことを考えるのかがかなり重要で、それは結構人間でもまだ勝てる領域です」

 

基本的に人工知能の目的に相当するものは人間が決定している。つまり人間的な問題を解決させることが多いのだ。その問題の把握とか言語化においては物理的肉体とある程度共通の構造を持った脳を共有している人間の強みがある。

 

とはいえそれもどうせ時間の問題なのだろうな、とは思う。ロボティクスがそろそろそれなりの水準になってきて、単純作業はそれで置き換えられることになるのだろう。人間のほうが低コストで動くとはいえ、かなり稼働限界とかもあって使いにくいのだ。もちろんすべてが置き換えられるわけではないが、単調作業のマニュピレーターとしての人手が不足していた場所はロボットが徐々に代替していくだろう。大量生産すればコストは下がるし、人間は金銭換算だとそれなりにコストがかかるのだ。

 

「……私程度でもまだ使えるのですから、もう少し時間がかかりそうですね」

 

「中根さんは率直に言えば外れ値ですので、あまり自分を参考に世界を評価するべきではないと思います」

 

四辻さんはフォローなのかよくわからないことを言っていた。まあこういうのんびりした会話自体は人工知能が奪いにくいものだろうし、そういうので死ぬまでの時間を潰して生きていくような生活に切り替えられるといいのだけれど。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。