超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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トロフィック・カスケード 5

「日に焼けた?」

 

俺は久しぶりに遊びに来たという名目で先工研にやってきた水城さんに言う。

 

「まあね、少し長めの休暇をとって世界各地を回っていた」

 

「いい気なものだな……」

 

「別に好きにすればいいのに。私はちょっと仕事のやりすぎで鬱になりかけたから適切なケアだよ」

 

そんな事を言いながら会議室でノートパソコンを開く。ここからならBIFRONSに繋げるし、今のBIFRONSはちょっと計算資源を俺達のために割いてくれている。

 

「でさ、思ったより進まないね。重力特異点作り」

 

「無茶苦茶な速度で進んでいるような気がするんだがな……」

 

俺達は一瞬で価値観の違いを見つけることができた。あとはすり合わせだ。四辻さんは水城さんがおみやげに持ってきてくれたチョコレートを食べている。こうやって見ると優雅なお姉さんに見えてくるな。中身は俺が初めてあった時から比べるとかなり幼くなったように感じてしまうが、そもそもあの水準に生きているうちに日常生活で到達できる人はほとんどいないだろう。仙人になるためにはそれなりの修業が必要なのだ。

 

「予算の不足、人員の不足。あとは計算能力も材料も足りない。進められるところは進めているけどあっちでボトルネックこっちでボトルネック。私はもう完成までメインでかかわらないことにした、さすがに辛すぎる」

 

「ご愁傷さまで……」

 

少し前に話した中根さんもそうだが、よくできる人間にかかる負荷が極端なことになってきている。もう少しうまく人間を使う方法を人工知能が見つけてくれればいいのだが、少なくとも彼らはブレイン・マシン・インターフェイスで人間を操るという素晴らしい方法を見つけるほどは賢くないらしい。

 

「まあとはいえ古瀬さんのそばにいれば必要なら情報が入るでしょう?」

 

「俺達のことを何だと思っていらっしゃる?」

 

別にもう俺達がどうこうできる段階にはないのだ。例えばもしいま再計算で重力特異点が蒸発せずに暴走するので危ないみたいな話が出てもその証拠があるなら普通に出せばいいしないなら与太話で終わり、というだけだ。もし止める時間がほとんどないとかでも俺なんかより賢い人工知能のネットワークがそれをそれなりに正しく判断してくれるだろう。

 

なんていうか、俺達が世界を裏で操れたのはほんの一瞬だったと思う。もちろんその影響は俺が四辻さんと出会わなかった時に世界に与えられる影響に比べれば非常に大きいものだとは思うけどさ、それ以上に世界っていうのは大きいんですよ。

 

「こう、なんか宇宙の真理とかにアクセスできる存在……」

 

「怖いな、電波暗室で逃げられるか?」

 

「ニュートリノとかミュオンによる通信とかかもしれないよ」

 

「逃げ場がなくなった……」

 

透過力の強い粒子なら逃げることはできないのだ。もちろん受信側にもそれなりの設備が必要だろうがあまりこの手の冗談を真に受けすぎるものではない。

 

「四辻さんはどう思う?」

 

「古瀬さんがそんなものに繋がることができるなら重力特異点なんて役に立つ情報を渡すとは思えない」

 

「うーん、それについては私は反論したいな」

 

そう言って四辻さんは座り直して組んだ手に顎を乗せた。

 

「どういうこと?」

 

「このあたりの出来事が始まった時、つまりはたぶん十年ぐらい前だと思うんだけど、その時に欠けていたものってエネルギーではなかったと思う」

 

「では何が?」

 

「人工知能が社会の中に埋め込まれて運用されるだけの要件と、物理的人体をある程度代替できる水準のロボティクス」

 

「それは少し人工知能中心の思想に寄りすぎだろ、技術的特異点は終末ではないし知性の移行はアセンションではないんだぜ?」

 

「私の専門分野だからという偏りはあるけど、伸びそうな分野だから私は参入したんだよ?」

 

「ロマンがないなぁ」

 

俺は苦笑いをするがそもそも俺も別にやりたいことがあって研究していたわけじゃないからな。よく考えれば三年間しかやってない付け焼き刃の分野の研究とどこにでもあるようなライブラリの延長線上の技術と既に先人がかき集めていたコーパスを人工知能の力でわちゃわちゃすることはそこまで人類に対して新しい知をもたらしたという貢献には繋がってなさそうだし。

 

人類というか地球上の知性に対しての貢献みたいな側面でいえばコンピューターと人工知能は果てしなく大きな貢献をしていると言っていいだろう。その殆どが無意味なデータだという意見については人間が生み出してきたデータだって昔から麦とかビールの配給量とかだったしな、それらが無意味なデータだと言うならそうなんだろう。

 

「結局人工知能は発展はしたしブレイクスルーを加速させるには有用だったけれど、ブレイクスルーをそんなに多く作っている感じはないんだよね」

 

水城さんが言う。まあ実際のところブレイクスルーの種は四辻さんが持ち込んだものが大半なのでそうだと言いたいところだが、四辻さんが持ち込んでいない発展もなんだかんだあるので俺はなんとも言えないままに笑みを浮かべるだけだ。

 

「では、何がブレイクスルーを作っているのだと思いますか?」

 

「やっぱりまだ人間かな、それも組織の中の。ブレイクスルーってやっぱり一人の人間が作るものではなくて、アイデアが相互作用の中で磨かれることで形になるものだから」

 

「そうすると人工知能が作れないのはまだそういうやり取りや物理的な干渉の能力が進んでいないだけだってことでいいか?」

 

「なにか質的な物が必要かもしれない、と保留付きにしておくよ。大穴だと思うけどもしかしたら人類だけが持つ特別な魂みたいなものがあるかもしれないし」

 

「本命は?」

 

「人間ではなくて人工知能だけが持つなんか特別な構造があるんじゃないかなとは思っている、感覚に近いし別に自分の意見として言いふらすわけではないけれど」

 

人工知能専用の魂みたいなものね。ありえなくはないとは思うし、計算量が増えればそこからなにか特有のものが出てくるというのはそこまで奇妙ではない。単純な論理回路の組み合わせでもあらゆる計算を行う装置が作れるし、ちょっとしたニューロンをいくらか組み合わせればかなりうまく自然言語を作れるのだ。なら、人類の脳を越えるほど複雑で、より膨大な情報を処理している何かが、俺達がまだ見ていない何かを持つ可能性はあるだろう。

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