「はしゃぎすぎ」
俺は地下の研究室で四辻さんの小言を聞き流しながら手に入れたもののセットアップをしていた。
「そんなにか?」
「そんなに。手順の7を飛ばしている」
「……はい」
俺の手の中にあるのは今の技術が色々と詰まったブレイン・マシン・インターフェイスの非侵襲式読み取り装置のモックアップ。こういうちょっとしたものでさえ今どきはかなりクオリティが高くなっている。
こういったものは小さな技術の積み重ねだ。例えば外装のプラスチックはたぶん3Dプリンターで印刷されたものだが、大学時代に技術実習に使った旋盤とかのある建物のガラスケースの中にあったあれこれとはかなり違う。
「粉末ナイロンかな……」
独特の手触りを楽しみながら、パーツを組み立てていく。こういうのは別にある程度機械化できるのだろうが、それでも人間に最後はやってもらったほうがいいみたいな判断かもしれない。そうやって作ったデバイスには愛着が湧きますからね。
頭全体をすっぽり覆うようなヘッドセットというかヘルメットに詰め込まれているのは、最近流行の常温で動く超伝導体を用いたセンサー類を筆頭に、色々と発展した代物が詰め込まれている。
とはいえこれで観測できる脳は非常にぼやけて大雑把なものだ。四辻さんの使っているブレイン・マシン・インターフェイスのようにきめ細かな状況把握ができるものでもない。しかし、結構それで十分なのだ。
俺が会話で出す情報よりも、この種のセンサーが受け取る情報のほうが多い。だからこれをBIFRONSに丸ごと読ませれば、俺という端末をより高精度に把握し、操ることができるようになるはずだ。目指せ機械の奴隷。
もちろんこれは少し露悪的な言い方になる。もう少し丁寧に言うのなら、俺がどういう状況にあるかを非言語的に読み取るラインを増やすと言ったところだろう。今でも直接の発話以外に目の動きや表情でBIFRONSは俺の状態を把握していたが、それよりももっとというやつだ。
「ただこれチューニングが面倒くさそうだよな……」
最近見たニュースによれば弁護士に求められる仕事が変化しているのだとか。やっとそこまで来たか、という印象がある。人工知能が賢くなってから、それさえあれば自分も知的専門家と同レベルの判断ができると勘違いした人は増えてそれはそれで問題となっていた。しかし弁護士が人工知能をちゃんと使えるぐらいには情報セキュリティとか安全管理の社会的風潮がゆるくなってきたのもあって、そのあたりのノウハウも溜まってきたらしい。あくまで流し読みしたものだったしどこまで特定勢力のポジショントークなのかわからない以上コメントは差し控えるしかないが。
「練習あるのみ」
「はい」
四辻さんのようなきちんと練習を積んで腕を磨いた人間に言われるなら納得するしかない。その辺はわきまえているつもりだ。もちろん四辻さんほどの収斂ができる素地があがるかはわからないが。
ヘッドセットをかぶって、BIFRONSと接続できたことを確認する。既にハードウェアは丸ごとハックしてもらっていた。まあ改変自由なライセンスのオープンソースだしね。このあたりで変なことを起こせば事故につながるぐらいの性能は理論上存在しないわけではないが、それを実行するのはかなり大変だと思う。
原則として個々についているのはセンサーだけで俺の側に情報を送り込めるのはヘッドマウントディスプレイとヘッドフォンだけである。そしてそれらで人間を洗脳したりできないことはBIFRONSによって保証済みだ。そりゃまあね、方法は色々ありますよ。四辻さんの誘拐されている映像を見せられて俺の命で解放してやると言われてちゃんとそれが合理的取引に基づいているならたぶん俺はそれを飲みます。あとで四辻さんに怒られるだろうけど。
しかしそこまでしっかり練ってくれる人間が俺の命を狙うために四辻さんをさらうなんてことするかね、俺を殺せばいいだけじゃないか。そして俺が死んでも四辻さんが解放されないか殺される可能性が高いなら俺は四辻さんを見捨てる形になることを選ぶだろう。あとで怒られるんだろうな。
そんな馬鹿なことを考えている間にもテストみたいなものが出てきてそれを片っ端から解いていく。基本的にはパズルゲームだったり計算だったりとそう難しいものではない。手に握ったコントローラーをポチポチしていくだけの簡単な作業だ。簡単と言ってもレベルは低くはないんだがね。
例えばいま出ている問題なんか普通に大学院の院試レベルだと思うぞ。今どきは人間の素の力をどこまで測ることに意味があるかなんて議論が出てきているが、このあたりは論文発表をする際に責任を持つ人間としての最低限どのリテラシーの要請という形で俺は解釈している。
まあそんなことは本題ではない。ガジェットを買ったらまずはともかく楽しんでみるのだ。そうするとなんか性能がいい気がして楽しくなる。ちゃんとしたベンチマークを受けさせられていると思うと憂鬱になるが、さすがはBIFRONS。そういう事を思わせない楽しいパズルを多めに出してくれる。
とはいえこれは指導対局をするためには圧倒的な力量差が求められるとかそういうやつの一種なのだろう。俺がどこまで何を理解できるかということはBIFRONSにとってかなり自明な範囲になっているようだ。悔しい。
とはいえそれを悔しがることができる程度に俺は賢いのだ、という歪んだ自己肯定を持つことに決めているのだ。普通の人は自分の全速力がリニアに勝てないことを悔しがったりしないのだから。いやでもこれ碌でもない方向に進みそうな気がするな、やめたほうがという直感がある。この手の直感はBIFRONSに埋め込まれたような気がするのだが、それで人生がうまく行っているんだからあまり深く考えるのはやめようじゃないか。人間性なんて持っていてもあまりいいことないのだ。