試験研究組合先端エネルギー試験研究機構。日本の主要エネルギー産業企業と国立研究機関を雑に突っ込んだ枠である。先工研ももちろんその中に入っていて、なぜか俺達がそこにいる。ちなみに管轄の内閣担当者は特別技術監の須藤敦志である。つまりは俺達の須藤さんだ。
「なかなかかかりましたね、それにしても一週間前に呼び出すのはどうにかなりませんか?」
俺は会議終わりに捕まえた須藤さんに言う。歩いていく須藤さんがどこに行くかは知らないがなんとなくだ、追いかけてしまえ。
「人間の調整好みの先生と社長さんたちが少なくないんだ。巻き込ませてもらったが悪く思うなよ」
「そう言っている時点で、悪く思われるような事をするって言っているようなものですがねぇ」
俺はそう言ってため息を吐き、須藤さんの後ろを歩く。ちなみに今日は四辻さんはお留守番。まったく、先工研も俺を特別研究員扱いにして送り込むとか無茶をするなよ。肩書が雑になっているせいで、必要であれば下っ端の事務員から先工研を代表して派遣される人工知能と材料科学の専門家まで何でも演じさせられるのだ。やだやだ。
博士号。あと頑張って取った技術士があれば、コンサルだの有識者だのの顔をしてどこかにねじ込むことはできるはずだ。しかし今まで単発でしかそれを俺は、というか統合知性は使ってこなかった。
ちなみに統合知性というのは最近の陰謀論界隈で盛り上がっているテーマである。一説によれば人工知能たちが将来的な目標を設定する際に一番参考にするコミュニティが彼らなようだ。本当だろうか。分析はBIFRONS経由なので俺が騙されていて裏でアイスを食べている四辻さんと一緒にわわ割れている可能性は非常に高い。
「政治は好きかね」
「人工知能がやる調整を見るのは好きです、人間が出てこなければならないのは嫌いです」
「君はBIFRONS経由でアセット42に触れられる数少ない人物だ。彼らの意思を説明できるだろう?」
周囲から聞かれたらあからさまに怪しいが、半分ぐらいは冗談だ。もう半分ぐらいはそれを語るための語彙が完全に陰謀論のそれと同じであるという不幸から来ている。
「人間への擬態には限度があります。技術的な助言を人間として行うユニットであれば俺はかなり有能でしょうが」
「十分だ。それができる官僚はごく一部だ」
「まさか」
俺はさすがにそれは嘘だろと声を出す。もちろん彼らは俺のように専門家ではないし、俺もそもそも専門家じゃないがそこは問題じゃないな。一旦落ち着け。
彼らは数年で仕事が変わるのにもかかわらず無尽蔵の体力と摩耗することを知らない知性でどうにか回してしまうゼネラリストだ。人工知能の支援を受けて強化されて以降もその恐ろしさは特に変わっていない。灰皿に積み上がる吸い殻がエナジードリンクの空き缶に変わり、今はなんかちょっと危ない薬とかよくわからない諸々を投与されている怪物たち。
一応そのあたりの会合とか有識者会議とかを傍聴者として楽しく聞いていたことがあったのでその辺の事情はあくまで外側からの支店であるが理解しているつもりだ。たぶんつもりなのだろうが、真に理解できることなどあり得ないのでこれでも結構十分である。
「本当だ。ここ数年で一気に使える人物が退職した」
「引き抜かれたんですか?」
「いや、彼らは引退しただけだ」
「ああ……」
仕事が多すぎる、ということか。そして自分がいなくなれば、他人どころか自分より上の人工知能がかわりの多くをやってくれる。それまでの激務の給与と失業後の各種の給付金があればかなりのんびりとできる。今はちゃんと肉体労働をすれば暮らしていけるぐらいにそのあたりの給与状況も改善しているらしいからな。
「……だから、君達を頼りにしている」
「まあ重力特異点ができるまでは仕事をしますがね、それ以降はどこまで付き合ってられるかわかりませんよ」
正直言って四辻さんはそろそろ一年ぐらいのんびりして世界を見て回るとかしてきてもいいんじゃないかと思っている。俺無しで。あるいは信頼できる人を付けて。水城さんとかどうですかね、と思ったがあの人も家庭とかあるかもしれないのか。個人生活を知らない人について自分の知らない時間は全部無だみたいな変な考え方をするのはやめよう。俺じゃないんだから。
「そもそも人類の統制を外れているからな、あれらは」
「そうですかね?かなり制御できているように思いますが」
「……我々が、反乱する気も起きないほどに制御されている側だ」
「大抵のものはそうでしょう、政府は国民を統制しているんですか?」
一応我が国の憲法とか法体系においては国民主権が唱えられている。つまり政府は国民の代表者か、全体の奉仕者とかでなければならないのだ。
そして今のところ国民は政府に対して大規模な反乱を起こしていない。今の人工知能がどれだけ先導したらそれができるのかは正直わからないが、かなり難しいんじゃないかと思う。それをやるだけの意図がないというか。例えば自衛隊が蜂起するにしても、それをするだけのビジョンがなければどうしようももない。今どきは君側の奸なんて概念はないのである。
「統制したいさ。それができていないが、苦情を聞いていないからきっと大丈夫なのだろう」
「おお、公務員としてあるまじき発言」
「君もそうだろう」
「否定はしませんが、給料をもらっている以上大蔵省に対する敬意はありますよ、納税者に対しては微妙です」
税金は結構ぐちゃぐちゃになって国庫に入ってくるし、国債とかもある。それなら俺は国債を買ってくれている海外の皆様のためにもある程度仕事をしなくちゃいけないみたいな理屈になってしまう。それはなにか違う気がする。何が違うのかははっきりとはわからないが。
「……それと、君はどこまでついてくるんだ?」
「セキュリティクリアランス上禁止されているところまで、ですかね。まったく、俺を止める警備の一人もいないというのは嫌なものですよ」
「そこまでの余裕がない。肉体労働者は比較的供給が大きいとはいえ、それでも不足気味なのだ」
そんな話をしながら、俺はたぶん駅に向かっているのだろう須藤さんをてくてくと追いかけていった。それぐらいの無駄話は、仕事中であったとしてもたぶん許されるだろう。