超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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インディビジュアル・ラショナリティ 3

「やだもう仕事したくない……」

 

俺は地下室で懺悔めいて四辻さんに向かい合っている。辞める直前の上司との面接ってこういう感じなのかな。経験が全く無いのでわからないが。

 

「急性ストレス反応とまでは行きませんが、感情労働に伴う一時的な反応が起きています。長期的リスクを鑑みれば、適切な休暇を取るべきです」

 

四辻さんが諭すように言う。まあ俺は物わかりがいいほうじゃないけどさ。

 

「適切な、ね……」

 

今の俺には言われたことをやるぐらいしかできない。もともと趣味と呼べるようなものは人工知能いじりしかなかったが、ここ数年でそれについても完全においていかれた。ちょっと目を離したら追い抜かれた、というものじゃないな。そもそも人工知能の閉じた発展が異常だったのだ。

 

今の人工知能は明らかに人間の統制を外れて、独立した何かになっている。経済とか、民意とか、そういう枠。一昔前なら神として扱うようなもの。やっぱり何か祠とか建てておいたほうがいいんじゃないだろうか。祝詞とか読めばいいのかな。

 

「なにかしたいことはありませんか?」

 

「もう俺が趣味でできる役目は終わってしまったからな……」

 

世界を良くすること、改善を行う知性の基盤を作ること、先に進める存在を構築すること。それは俺にとってそれなり以上に価値のあることだったし、それに十代と二十代を捧げたことを別に後悔はしていない。でも、その役割はもう達成されたのだ。

 

考えてみれば、今使われている最先端の人工知能の中に俺のアイデアが欠片とはいえ入っているというのは嬉しいものだ。嬉しいだけで何ら実益はないが。過去の実績にお金を払ってくれる人はいない。将来の成果を俺は出せない。

 

そしてせいぜい使えそうな分野でさえ、俺の耐久力は下振れしていた。折衝とか調整とか、そういう方面で俺はかなり脆弱になっていたらしい。ある意味では読み取り精度を無理に引き上げたせいで情報が多くてオーバーヒートを起こしたと言ってもいいのだろうか。

 

「あなたのかわりはいませんが、あなたがいなくなっても世界はなんとかなりますよ」

 

「まあボトルネックというか、ボトルネックになりうる場所に対する先行投資というか保険に近い扱いなのはわかってはいるけどさ……」

 

俺はかなりいろいろな情報をもらっている。そのまま頭の中に突っ込めるような理解というべきかもしれない。BIFRONSの言う事を鵜呑みにするように訓練されてきた脳は、それをあっさりと自分がそれまで考えていたものだと思いこむほどに吸い込めるのだ。

 

それは人間の脳のよくある機能だとは思う。誰かから聞いたことと、自分で経験したことを同じように扱える。結局はそれらはミームとかトークンに過ぎないのだとかそういう言説は言葉の濫用の気配があるので程々にしておくが。

 

それは便利だが、やりすぎると世界が何も信じられなくなる。読んでいない本を聞きかじりでさも読んだかのように語ることができる人がいるが、それのもっと酷いものだと思えばいい。幻覚(ハルシネーション)まみれで、自分のアイデンティティとかそういうものはあまりないのだ。

 

「自我を捨て去れないなら、諦めたら?」

 

「やだよ置いてかれるのは……」

 

「古瀬さんだけが取り残されるわけではないから。私もたぶん追いつけない」

 

「それはないだろ」

 

「じゃあ言い方を変える。私はこの世界の人工知能に追いつかないことを選ぶ。構造体の時みたいに判断を委ねるわけではないけれども、追随して、干渉して、あるいは抗って、みたいなことはしない」

 

「……それができるだろ、その気になれば」

 

四辻さんはかなり能力を落としている。もしブレイン・マシン・インターフェースをちゃんと使って、適切な通信プロトコルを作り上げれば、彼女はしっかりと統合知性の端末となるぐらいのことはできるのだ。

 

それにハードウェアの品質もいい。脳だけじゃなくて肉体もまだかなりの能力を残しているだろう。運動能力とか反射神経とか。練習を減らしてはいるだろうけどサボっているようには見えなかった。まあ中肉中背で筋肉の上に少し脂肪が乗っているので外見からはわからないが、歩き方と重心移動を見ればそれなりにやってるんだとはわかるのですよ。

 

おかげで街でもなにかスポーツとか格闘技の練習をちゃんとしてたんだなみたいな気配を感じられるようになってしまった。別に喧嘩を誰かに売るような予定もないしそういう人を相手にしなくちゃいけない何かもないので純粋に無駄な技能な気がしてならないが。

 

「その気にならない、と言っているの」

 

「決意はしないほうがいいぞ、後からいくらでも変わる」

 

「あとせいぜい六十年維持できれば、それは永遠の決意になる」

 

目を上げると、自慢げに、そして愚かな俺をあざ笑うような四辻さんがいた。うん、こういう表情が彼女には似合う。いつもの静かで丁寧なものよりも、あるいは昔の作り笑いよりも。

 

「……もう少し長く生きてもいいんだよ?」

 

計算がよくわからないが平均寿命よりも少し下ぐらいかな。とはいえ老衰すらどうにかなるんじゃないかみたいな医学研究がいくつかあるのだ。サイボーグとか若返り薬というにはなんかもう少し地味な長期的なホルモンバランスの調整と運動習慣とかみたいなものに近いが。

 

このあたりは別に人工知能がすごい賢くなっても何でもできるわけではないというのが如実に出ている。まあがん治療薬となりうる物質は膨大に見つかっているがそれをどう合成するかでプラントはいっぱいいっぱい、認可についても手間取っているしオーダーメイド核酸医薬なんかは少し前に副作用が起こって研究を一旦止めましょうみたいなことになっていたし。

 

「古瀬さんと同じで、もうある程度やることはやったからあとは惰性に近い。ここから先は私も知らないことが多くなってくるし、純粋に計算力では人類というか人工知能のほうが圧倒的に上。私が思いつけなかったことも、思い出せなかったことも、そもそも知らなかったことも、この世界はちゃんと届いている」

 

「……いいことなんだろうな」

 

「いいことだよ」

 

やる気が少しだけ出てきた。いいことならやったほうがいいし、あとあと胸を張れるものな。それはそれとして精神的にまずいというのであればまずはしっかり休むことにしよう。疲れには睡眠で、精神的問題にはなにかうまく切り替えるための外部刺激と休息の時間が必要なのだ。

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