サイレンが鳴った。寝ている俺を叩き起こすとはいい度胸だ。
『急いで先工研まで行ってください』
「誰か死ぬか?」
俺は寝間着から着替えながらBIFRONSに尋ねる。時間は朝の三時。かけたサングラスの裏に情報が表示されている。
ジュネーブ付近の震度計が異常な振動を検知。ニュートリノ検出装置が反応。つまり何かが起こったということだ。死者の情報は入っていないし、俺が自転車を漕いでいる間に全員の無事が確認された。向こうでは今は夕方の七時過ぎ、晩ごはんを食べようとしていた人もいる頃だろう。
「四辻さんは?」
『先に走っています』
「偉いことで」
俺はマンションの駐輪場に停めてあった自転車をスマートフォンでロック解除して乗る。昔ながらの物理キーの穴もあるけれども鍵はなくしやすいのだ。スマートフォンはなくしても探しやすいので助かる。
そうこうしている間に守衛さんの脇をすり抜けて敷地内へ。動体検知で光るランプは先行している四辻さんの仕業だろうか。地下の廊下を進んでカードキーをかざして暗証番号を打ち込んでわかりにくい扉を開けて、としていつもの空間へ。
「四辻さん、状況は?」
「わからない」
「わかった」
四辻さんがわからないということはよくわかっていないのだろう。そうしている間にも各地の人工知能が時間とか関係なくかき集めてきた情報が地下室のディスプレーに表示されていく。昼間の時間帯の地域だと人間の対応も始まっていた。ただ、直接連絡を取らなくちゃいけない案件は少ないように思える。お、事態調査中のプレスリリースが出た。
「……かなりリアルタイムで情報が流れてくれるのはありがたいな」
俺は呟く。災害の時とかに現地から情報が入らないという問題は昔からあったし、今でもある。とはいえ準備がされているならばある程度は解決できてしまうのが今の時代だ。怖いものである。
例えば晴れていれば衛星通信が使えるし、それを繋げばどこかのノードに情報を送ることができる。SNSの投稿であっても検索できるのであれば分析対象となる。さすがに数が少なすぎると問題だが、まとまったものが十件もあれば点と点をつなぐには十分だ。
同時にいろいろな施設や機関が情報を公開しているのはある。このあたりは公的なところが情報の公開を積極的にやる姿勢を見せてくれたことも大きく影響しているだろう。記録とかデータベースとかが民業圧迫だとかなんとか言われながらも無料で見られるようになっているのはとてもいいことだ。
それらを組み合わせれば、何が起こっているかはある程度わかる。そしてその統合速度は、人間の認識と対応よりもたぶん一桁早い。会議を開いて情報を整理してではどうするか、というのを決めるよりも、場合によっては事前に定められたマニュアルに従って慣れた人が訓練どおりにやるよりも先に、人工知能は事態を掌握して、必要であれば色々と世界を動かすことができる。
株価の乱高下はなし。的確な対応が行われているようだ。そもそも情報がある程度まとまっているのでここで手を出すのははぐれの人工知能か今どきまだ人力で頑張っているか、あるいは全体の中で一定数いる逆張りか。まあそういうのも全部込みで予測の対象になっている。
「……いくらぐらい飛んだことになる?」
四辻さんが言う。そうすると出てくるのが
「結構なものだが、まあ全体の予算からすれば一部か」
俺は表を見て呟く。
「現象の分析は進んでいる。直前の観測データが公開された」
「分析できる組織は……けっこうあるな」
蒸発前に観測機材は多くのものを記録していたが、ケーブルを通って回収されたのは生データだ。これを世界各地の計算資源で処理していくことになる。本来であれば一ヶ月ぐらいかかるのだろうが、今は事態分析のために各所の有線計算資源使用権限が割り当てられているようだ。いくつかは人間の承認待ち。
そういうところの管理まで、人類はもう人工知能に投げ始めている。なぜならそれは人間よりも正確なので。そこで起こる損害については保険に入ろう、ということでカバーされている。人工知能ができることは限られていて、人間でさえ問題を起こすのだからもう起きること自体は仕方がない、だけれども起こった後について無責任でいるわけには行かないみたいな立場だ。このあたりは倫理とか哲学のあたりでうまいモデルを建ててくれた人がいるので、そういう人々への敬意は忘れずにいたい。
「……なあ、BIFRONS。これ俺達が叩き起こされる必要があったか?」
『死者が大量に出た場合、計画の抜本的見直しと大規模な遅延が発生する可能性がありました』
「その場合に俺達がやるのは?」
『関係各所への説明です。必要があれば統合知性はあなたをスポークスマンとして壊れるまで使うでしょう』
「なんとも合理的なことで」
たった一人を使い潰すだけで今後の人類のエネルギー問題を小さくできるなら功利主義的には割が合うのだろう。というか歴史上天才とか呼ばれる人に色々なものが押し付けられてきたことを考えれば特に非難できるようなものでもない。
「……古瀬さんは自分の事を考えないの?」
「いや別にここで命を使うのは普通に使い時に入ると思うが……」
別に無駄にしたいつもりはない。しかし俺の人生を使ったところで知的には人工知能には勝てず、肉体としては同等のものが地上に何十億とあるのだ。どうせ生きているだけでもじわじわと寿命を使っているのだから、ある程度をここでまとめて大きな買い物をしたって別にいいじゃないかとなる。
四辻さんが嫌がるのは、まあ理解はできる。でもなんていうか、そういうものを見過ごしてだらだらと過ごしたところでなにか得るものがあるかと言われるとあまりそういう気がしないのだ。手に入れたいものはないが、何かが手に入るというならやってみるかと思える微妙な感じ。たぶんどうでもいいオマケにつられて無駄な出費をする子どもと同じ精神なのだろうが、それが人間ってものなんじゃないですかね。