超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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インディビジュアル・ラショナリティ 8

普通のSNS経由のメッセージのやり取りの後に、普通に高レベルの暗号化で有名なメッセージサービスに案内された。まあ妥当。この種のやつはちゃんと対策されているのでちょっとやそっとの調査では追いつけないのだ。まあ別に暗号化するメリットはそこまでないし、末端でBIFRONSが見ているのでログは残るのだが。

 

『久しぶりね、古瀬さん』

 

『そちらこそ。いきなりの連絡、申し訳ありません』

 

『いいわよ、直接来てくれたらもっと良かったけど』

 

『あいにく母国に愛着があるもので』

 

向こうから楽しそうな笑い声が聞こえた。本当はカメラを付けてほしかったのだが無理か。顔から分かる情報はそうとうあるし、その分析システムが最低限とはいえここにはあるのだが。

 

音声分析はそれなりにできている。周囲のノイズ、逆算された口腔内の構造、筋肉の動かし方と、そのパターンから見える感情。一応俺は言語学者として博士号を取っているのでね、このぐらいはお手の物だ。

 

『それで、何のお話?世間話も歓迎するけれど』

 

『ジュネーブの件、なんか大変らしいですね』

 

『みたいね』

 

応答速度が早い。BIFRONSの分析では早すぎるとのこと。何かを知っている可能性がある。ではどの程度なのか。何かが来たとかなら、それをどこまで知っているか。

 

『気にならないんですか?』

 

『あなた達の方こそ、色々と忙しくなると思ったのだけれども』

 

『うちの人工知能が言うには遅い人間は引っ込んでいろ、と』

 

『わかるわ。私もそう言われた』

 

なるほどね。その水準に達しているのか。人工知能の発展というのはことアメリカでは恐ろしいらしい。なにせ労働関係の指標が目に見えるぐらい荒ぶったことすらあったからな。おかげで今では政治問題が大変になっている。いやそれはいつものことだったか。

 

『このあとはどこか旅をする予定ですか?』

 

『そうね、日本もまた行きたいし。そっちから頼んだら須藤さんと繋いでもらえる?』

 

『須藤さんは今忙しいんですよね、たぶんなんとかなるとは思いますが保証は一切できません』

 

『いいわよ、こちらが暇なのだから待たせてもらうわ』

 

なにか伝えたいことがある、口頭で直接、記録に残りにくい形で。そしてその担当は俺がやれ、と。いやまあできなくはないんだが、須藤さんの時間を一時間かそこら割くのって俺にできるんだろうか?中根さん経由で一回噂でも聞いてみるか。

 

そんな感じのつまらない世間話をして情報収集は完了した。得られたものはあまりないと言っていいだろう。

 

「……何を知ってるんだ?」

 

「少なくともこれでルイさんは古瀬さんが何かを知っていることを理解したね」

 

通話を切った俺に四辻さんが言う。

 

「わかっちゃいるんだけど賭けに負けると辛いな……」

 

基本的に俺が通話をした意味はあまりない。というか基本的にはBIFRONS経由で合成音声を作られてそれで応対しても問題なかったし、俺の声由来の揺れみたいなものも伝わらずに済んだだろう。

 

基本的に向こうが得られる情報は最小限とはいえ、連絡を取ってきた事自体が問題になるとかだろうか。このあたりの策謀はBIFRONSでしかわからないし、俺はその結論を読まされて納得した雰囲気を得るだけの存在だ。

 

ボードゲームで、人工知能が打った手の意味を理解するのはかなり難しい。プロ級であればその一手があとから詰めに繋がっていたと理解できていたとしても、非専門家の俺からすれば勝率のパーセントが急激に左右に動いているだけのものになる。

 

その上で、俺は直感からルイさんに聞いたほうがいいと考えて、結果として負けた。こちらが得られた情報は表に流れていない何かをルイさんが持っている可能性。向こうが手に入れたのは俺がそこまでして確認しないといけない問題があるということ。

 

「やっぱり俺は人間相手の交渉が苦手なのでは?」

 

「上手だよ」

 

四辻さんに褒めてもらえた。わぁい。いや四辻さんがそういう評価をするなら大きく外してはいないのだろうが、俺の中の認識とは食い違っているな。俺自身に対する評価の方にも、

 

「どういう評価基準で?」

 

「一般的に有識者会議に呼ばれて全体の流れを依頼されたとおりに調整できる人間は交渉が上手という」

 

「それは交渉が広義過ぎるだろ、戦いは始まる前に九割方終わっているからといっても最後に地面を踏みしめる歩兵がいないと意味がないんだぞ」

 

「その歩兵が古瀬さん」

 

「うーむ」

 

感覚としては理解できるのだが理屈としては納得できない。普通は逆じゃなかろうか。俺の直感が無茶苦茶な経路でたぶん正しいだろう何かを指しているのに、思考とか論理とかのほうが追いついていない。やろうと思えばそれを編み出すことはできるのだろうし、それを信じることも容易なのだろうけど、それをやれると理解してしまっている時点でそれにどこまで意味があるのかはわからない。

 

「統合知性が古瀬さんのためにそれなりの手間をかけて、駒として持つ程度には、古瀬さんには価値があるよ」

 

「そういう価値は本質ではない気がするな」

 

「そう」

 

なんかさらりと流されてしまった。まあ受け取れないものを押し付けても意味がないしな。

 

そして今更気がついたのだが、もしかして四辻さんは俺をなんていうか慰めとか元気づけようとしているのではないか?それが自意識過剰ではないと判断できるぐらいには俺は自分の判断能力の限界を理解しているつもりだ。

 

まあ、ありがたいことだ。それをそのまま受け取れるほど性根が真っ直ぐではないことは悔やまれるが、逆に言えば問題はそれぐらいだ。

 

俺にとって価値のあるものは何かと言われると難しい。娯楽でさえ脳の中に調整された化学物質を流すだけだと理解してしまうとどうにもつまらなくなってしまうのだ。その程度には単純なのですべてを諦めた境地にたどり着くこともできない。どうしようもない。どうにかできないものだろうか。

 

とはいえそんな俺でも世界には山ほどいる人の水準だし、あるいはもう少し特別らしい。とはいえそれは過渡的なもので、別に偉いとか凄いとかというわけではないんだろうな。ハッシュ値は固有だし重複することはないだろうが、それに自体に価値があると言う人はいない。使われるし役に立つが、それが重要であるとは限らないことはあるのだ。

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