ちょっとした実験だ。須藤さんとルイさんを、統合知性に気がつかれず会合させることができるかどうか。理論上は不可能ではない。会合地点に二人の接触を記録するものを一切設置せず、かつその二人の会合でしか説明できないものを配置しなければいいのだ。
しかしそうなると会合の意味というのがなくなってしまう。基本的にああいう話し合いって情報を交換して、自分がそれまで取ることのできなかった選択肢を生み出す行為でもある。第三者から読まれることを前提に動くのはコストが高いし、防諜を頑張るとコストが跳ね上がるのだ。
というわけで今回は四辻さんに色々とセットアップをお願いしたいと思う。統合知性が分析しても俺の関係者としてしか出てこないし、もし非公開の先工研の名簿レベルまで探られても高卒の情報技術者だ。論文に載っているもの技術員に対して敬意を払うギフトオーサーシップみたいな旧き悪しき行為として分類されるだろう、きっと。少なくともBIFRONSはそう考えている。
「私にとって面倒だということはわかっている?」
「はい。やっていただけないでしょうか」
「頭を下げて丁寧にお願いしているのでそちらのほうの条件は良い」
「他の条件というのは?」
「純粋に手伝え」
「はい」
こういう時に四辻さんは人を動かすのが下手ではないと思う。少なくともマネージャーとしての能力は水城さんよりあるんじゃないかな。ちなみにその水城さんについてですが最近は国立情報通信総合研究所に戻って実験方面に移ったようだ。一人でちまちまパーツを組み上げるのはなかなか楽しいらしい、と前に学会ですれ違った時に聞いた。あの時は急いでいるようだったから有志参加の懇親会、あるいは飲み会に誘えなかったんだよな、残念。
「……具体的には?」
「撹乱用。統合知性の分析リソースのうち、須藤さんとルイさんに割り振られうる分を古瀬さんに回す」
「そんなことが?」
「可能。二人のパッシブ追跡の中に古瀬さんを入れて、そちらに能動的リソースを割かせる」
「最近はあいつら人間を安く雇い始めているからな……」
情報というものの価値がそれなりに上がったので、人間を使って集めるのも十分元が取れるようなことが起き始めているのだ。例えば今回みたいな場合なら追跡とか調査とかに人間を雇って使ってもいい。スマートフォンと繋がったイヤホンで指示を飛ばし、適宜サングラスに搭載しているカメラとかの情報を送らせればいいのだ。簡単である。
今はそういう募集広告がそれなりに出ている。いやまあ実態としては設計した環境のテスターだったり、あるいは人間が行かないとわからないような土地の実際の確認だったり、あるいはどこまで工事が必要なのかの現場視察だったりするのだが。人工知能がドローンを飛ばすのは我が国の法律ですと微妙に色々手間がかかるのでね。
「基本的には古典的な手法の組み合わせになる」
「そんなので見抜かれないか?」
「解読不能な暗号は存在する?」
「理論上はワンタイムパッドがそうだな、送る情報以上の乱数があれば何を送ったのかは完全にわからなくなる」
100個の0と1を送る時、送る側と受け取る側で既に共通した100個の0と1があるなら、2つを重ねて共通していれば1を、違っていれば0を送るようにすればいい。どうやって共通した文字列を送るかどうかがまた面倒な問題になってそれだけで暗号理論の一分野ができるのだが。
つまり方法はシンプルで、既に誰かが思いついているような代物であっても、ちゃんと運用されればうまくいくということだ。なるほど、理解はできる。
「理解できた?」
「できた」
そして理解できたなら納得はしなくちゃいけない。その割り切りは俺には慣れてきた。
「本当はこんなことをやる意味がないことを理解してほしいのがあるけれども、それを言うと私の中の一貫性がなくなるのでしない」
「いや別に一貫性はなくていいだろ、自分は無意味なことを趣味でやる、他人の趣味には付き合わないというのは自由の範疇だと思うが」
「他人を趣味に付き合わせておいて自分は他人の趣味に付き合わないというのは不誠実でよくない。そしてそれをちょっとした作業で埋め合わせることができるならそれでいい」
「四辻さんの趣味、ねぇ」
俺は言って、実際どれぐらいそういうものに振り回されてきたかを考える。なんだかんだある気がするな。俺が買ったおやつとかが冷蔵庫から消える怪奇現象の原因の六割は四辻さんだ。残りの四割は俺が食べて美味しかったと満足した上で記憶から消し去った可能性があるが、これについて記憶がないので回答は控えさせてもらう。
「あと良い問題設定を見ると楽しい。私は本質的に課題を解決するのが好きだから」
「生まれついての性格?」
「傾向として遺伝子が統計的に有意な偏りを持っているとは思うけれども、それですべてが決まる程度には強くないという直感がある」
「双子研究とかで否定されたり肯定されたりしているやつか」
四辻さんは頷く。遺伝子と環境のどちらが影響を出すのか、みたいな話だ。例えば性染色体は遺伝子が肉体に大きく影響を与える例だし、下の名前とかは環境によって与える影響がかなり強い。特定の遺伝子を持っているから特定の名前、というのは基本的にないのだ。まあ性染色体によって傾向が左右されると言われればそのとおりだが。
そしてその間に、微妙で色々なものがいっぱい詰まっている。体力、反射速度、記号認知処理能力、趣味や職業。四辻さんというか構造体の人類の設計者はそれらをかなりうまく集めたのだろうが、それでも常に完璧な人間を作り出すことはできない。複雑な系を完全に制御することはできないので、諦めて単純なもので我慢しろという話だ。
そして俺達は複雑な系で、制御できないことを前提に動かなくちゃいけない。どれだけ計算能力があろうとも、世界はすぐに発散するので予測はできない。その範囲全体に網をかけることはできるが、そうすれば隙間が生まれる。
まあそんな常識的なことは四辻さんもわかっているのだろうし、統合知性がそれを看破してくる可能性はそれなり以上にある。とはいえ完全にペースを握られっぱなしというのは癪なので、ちょっとぐらいは嫌がらせをしてやりたくなるのだ。