超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ノイラーツ・シップ 4

久しぶりの住処に戻ってきた。机の上に散らかった本と、スリープ状態のコンピューター。名古屋駅までの新幹線ではあまり休めなかったので身体が重い。どうせ須藤さんが出してくれるんならリニア乗っとけばよかった。

 

さて、俺はベッドに座り、思考を巡らせる。博士課程を今から退学して、後から論文の審査で合格することはできる。そもそも論文を書くだけならそう時間はかからない。少なくとも小笠原語について、BIFRONSは世界有数の専門家で、博士号を取るに値する。

 

そして俺は彼の代理人として、博士号を持つに値するのだ。実に酷いと思うし、おそらく人工知能が人類を支配することになったら俺は永遠の責め苦を受けることになるだろう。これが地獄ってやつですか。終末なんてこないほうがいいな。

 

「なあ、BIFRONS。セキュリティレベルを最大にして、俺が何をやってたかを推測してくれ」

 

『ローカル演算を利用しますか?』

 

スマートスピーカーめいて俺の部屋のスピーカーとマイクを制御しているBIFRONSが言う。いや、ちゃんと俺は自分の意志で「許可する」をクリックしたのでこれは人工知能に操られているとかそういうわけではない。

 

「……許可する」

 

そう言うと、机の下に鎮座するパソコンが唸り声を上げ始めた。大丈夫かな、最近掃除していなかったから埃とか詰まっていないだろうか。

 

ディスプレイにはBIFRONSの思考が映し出されている。あくまでこれは俺に見せるためのものだ。そうでなければもっと抽象的なままに処理ができるし、そちらのほうが速い。

 

スマートグラスとスマートフォンから回収された移動経路。俺が今まで赤城からBIFRONSと話した回数とその内容。俺の経歴一通りと、いきなり赤城に呼ばれる理由の候補。

 

『可能性の一つは、高エネルギー科学研究中心(センター)で置きた爆発事故が実はテロ攻撃であり、テロリストの尋問をあなたが行っていたというものです』

 

「つまらない筋書きだな、ゴールデンラズベリー賞を狙えるぞ」

 

『残念ながらこの賞は人工知能によって執筆された脚本を対象外としています』

 

「映画界はそのあたり厳しいからな……」

 

人工知能は産業を変えようとした。そしてたしかに一部を変えた。そして一部はかなり強固に抵抗した。映画業界はかなりそうだ。まあもとよりそこまで映画を見る人が多くなかったので衰退の速度は変わっていないと言われればそうかもしれないが、それでも俺は昔のアニメ映画とか好きだぞ。

 

『もし私に相談したいのであれば、適切な記録処理モードに移行しますが』

 

「シークレットモードは信用ならないんだよ、規定外の範囲にメモリリーク残したり、後から強化された判断で自分の行動を推理されたらたまったもんじゃない」

 

一応俺がこう言うのもそれなりに危なくはあるんだよな。画面の上に置かれているウェブカメラは正面に座っている俺の表情を見ることができる角度にあるし、BIFRONSは俺より表情を読むのがうまい。

 

『……重要な案件ですか?』

 

「博士号よりはな」

 

そう俺が言うと、ファンの音がまた大きくなる。考え込んでいるようだ。このあたりは人間よりわかりやすい。でもそういう事を考えると常に計算負荷をかけてファンを回しっぱなしにするとかやって来そうで嫌だ。

 

画面にはセキュリティレベルを上げているという旨の文章が流れる。そしてオンラインアクセスを遮断したようだ。電源すら専用のノイズをかけているらしい。一体どこまで本気でこいつはやっているんだ。

 

『私が作ったシステムは役に立ちました?』

 

「ああ」

 

BIFRONSの蒸留版、ノートパソコンで動くまでに圧縮された代物。言語学という一分野と常識の広さでは俺に勝つが、それ以外はちょくちょく抜けるところがあるおちゃめなやつだ。しかし人間の専門家というのもだいたいそういうものであるからそれよりマシだと思う。

 

『それは何よりです』

 

「あいつの強化版を、つまりオフラインで動く、今のお前と同レベルのやつを用意できるか?」

 

『科学技術計算用の専用機が必要です』

 

「値段は?」

 

『条件をある程度設定してください。そうでなければ以下の要素で算出します』

 

そう言うと出てくるのはメーカーとかいつまでに納品されるかとかのリスト。うん、これを数秒で出してくるような人工知能がいる時代に人間ができることはかなり限られてきてしまうよな。しかしこれを事前にダウンロードしてあったんだよな。先を読む力が強いのか、あるいはペタバイトに届きそうなランダムアクセスメモリの中身に無駄なものを詰め込みまくっているのか。

 

「一ヶ月以内に、運搬可能な形で」

 

『電源は?』

 

「運搬中も外部電源で動かせるとかいける?」

 

画面に出てくる選択肢を読み上げながら俺は言う。テキストとクリックは正直言って俺の脳には早すぎる。会話ぐらいがちょうどいいのだ。

 

『コストが大きくなります』

 

「構わない」

 

『調達が第三者に知られますが、問題ありませんか?』

 

俺がその言葉を聞いてマウスを動かしていた手が止まり、表情が固まったのをBIFRONSは見抜いたはずだ。それを隠せるような高度な訓練を俺は受けていない。

 

「……もし隠すなら、どういうプランがある?」

 

『予算が合理的範囲で制限と仮定し、かつ協力者がいるとします』

 

「協力者の推定度合いは?」

 

『ダミー企業を経由して機材を調達できる程度です』

 

「十分だ」

 

須藤さんならそれぐらいはできるだろう、と勝手に信頼する。そうでなくとも先工研の備品とすればいいだろう。俺は博士号を取ったらそこに就職することになるはずだ。とはいえ研究職になると審査とかがあるからきっとただの事務員とかだろうな。研究機関のテニュアが楽に手に入るのは喜んでいいものなのだろうか。

 

画面に現時点の市場価格と調達の過程を追跡できる勢力の候補が出てくる。メーカーにも、中間業者にも、そして購入に使ったダミー企業もそれが作られたことをわからないようにするプランとともに、BIFRONSは自分のためのカスタムマシンの手に入れ方を説明し始めた。

 

しかしこれって経済制裁対象国に密輸入とかするのと同じスキームを使っているんじゃないか、と考えてしまう。BIFRONSのことだ、この種の犯罪手口を公開して調査協力を募るサイトとかをきちんと見て学んでいるのだろう。

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