選挙があった。ああ、素晴らしきかな民主主義。独裁主義よりも最高水準は劣るが最低水準保証は特にされていない制度である。いやまあ今の御時世独裁者になるのってかなり難しいのですよ。どこでもインターネットができる時代というのは恐ろしいものだ。
というか普通に参院選も衆院選も何度目かなのであるが、四辻さんが選挙権を持っているというのはどうにも悪い気がする。いや戸籍があるし書類は丁寧にやってくるので誰も悪くないのだが、言ってしまえば裏からねじ込まれた移民なわけですよ。一応外国人問題に欧州の数十年遅れで対応している我が国からすればちょっと面倒なものなのである。モット気にするべきところはあるだろうが。
「……なんか凄いところにいないか?」
俺は発表された新内閣の顔ぶれを見る。あの中根さんが科学技術省事務次官補である。年齢からするとなんか無茶苦茶な事になっているんじゃないか?我が国の旧き良き横並びの階級システムはどうなったんだ。
まあ理由についてはそれなりに察してはいるんですがね。総理府人事局とか人事院とかが人工知能を導入してともかく回る人を入れているのだろう。このあたりはかなり今では民意反映させろとなって官僚の人事権が弱まって久しいですからね。
「須藤さんはOCEAだっけ?」
「この前の官報ではそうなっていたな、今はどこだか知らないが」
知っている人が知っているところに行っているのを見ると世界は狭いなぁとつくづく感じる。まあ大体俺達の知っている範囲ということだ。ノウハウは固まった。なので次は量産だ。それはそれとしてなんか向こうからやってきている信号の話はある。
今のところ、原因不明の外部からの力ということになっている。風もないのにブランコが揺れている感じだ。そして各所の分析機関はこれを解読しようといて統計的になにかがあるのは間違いないがノイズが多すぎるという結論を出している。
もちろん、それが宇宙人とか異世界人からの信号だと大真面目に言っている人はあまりいない。人工知能の発展で人類の役割が奪われてもなお人類が滅ぼされていないので立ち位置が微妙になった終末論者が乗り換えているぐらいかな。それは結構騒ぎと言ってもいいかもしれないが。
もちろん、こんな危ない研究をとっととやめようぜという意見もある。反対デモみたいなものも世界の何処かではされているらしい。大変なことだ。そういう意見が世界にあることは間違いなく良いことだと思う。
そして今のところ、止めようという意見はない。別に人工知能は同じ意見を全員言うわけでもなし、それぞれ固有の利害関係を代表しているのだが、これについては明確に潰す、もう少し柔らかく言うのであれば対話と調整によって対応可能なものだと見なされている。
というか逆に言うと対話と調整ができないやつはどうしようもないねとされている。二大政党制の対立であるとか、国境紛争だとか、市場争いとかは、ある程度の棲み分けと民意とか良識的な判断を前提として、それでもどうにもならないものは諦めようという姿勢が確立されている。それでいいのだろうか。そうするしかないのはわかるが。
「なんていうか、奇妙だね」
四辻さんが呟いた。
「もとから何もかもが奇妙だろ」
「そうなんだけど……私が来たのも奇妙だけど、それ以上にこの世界の人達は面白いな、と」
「そっちのほうが面白いものは多かったんじゃないのか?」
人工知能は正解しか出さない、みたいなのは嘘だ。先端分野では試行錯誤をして、失敗を積み上げなければわからないものが多い。最適化問題で元の関数の形がわからないのに一発で当てられるわけがない、みたいな話だ。適切なモデルを構築するためにはそれ以前の情報収集の積み重ねが不可欠なのである。
「あってもわからなかった。今の世界は、私にも手が届く」
「……ちょうどいい問題、ということ?」
「そう。修理は私にとってそうだったし、その練習も楽しかった。けれども、構造体の最先端については理解できなかった。それを知ることができなかったわけではない」
「知ってもいいが、理解できないという形か」
「知的好奇心は私達の基盤だからね、実際に読み解くことを趣味にしている人はいたよ」
「……懐かしいと思うか?」
俺はちょっと良くない質問だとわかりながら聞いてしまう。彼女が向こうに戻りたいというのは当然だ。旅とはしばしば戻る場所があってこそのもので、そうでなければ移住になる。それはそれで価値あるものだとは思うけど、過去を懐かしみ、故郷を想うことは権利として認められるべきだ。
「まあ、少しは。懐かしい名前……名前じゃなくて番号はあるし、彼らのことを思い出せる。楽しかった時間を過ごしていた。こっちの話をしたら、彼らも面白がってくれると思う」
俺からすると大学時代の知り合いとか、そういう枠だ。俺はそもそもそのあたりの人を覚えていないし、今ぱっと思い出せるのは岩間教授ぐらいだ。どこかのタイミングで顔を出しに行こうかな。
「嘘をつかなくていい人が、もっと欲しいか?」
「嘘をつくことが辛いわけではない。私の過去を知っていて、それを前提に変化を語り合える人がいたら、楽しいとは思う。ただそれは無茶をしてまで求めたいわけでもない。私が彼らの生死にあまり気を配っていないように、彼らも私の生死を気にしていないだろうから」
「そんなことあるか?」
どこかで幸せに生きていて欲しいみたいな願いは結構普遍的だと思うのだが。となった上で、四辻さんの死生観というか世界観を思い出す。本質的に人生に意味はない。予備部品が使われないことに意味がないのと同じ。使われたとしても、それは役目を果たしただけ。唯一神の下の運命論とはまた別な、虚無主義に入りながらも何かを否定しているわけではない、ただ生きるという状態をそうあるものだとするみたいなもの。それを上手く説明できる言葉を俺は持っていない。
四辻さんは俺の質問に困ったような顔を向けた。上手く説明できないのか、あるいは面倒な話を終わらせたいのか。どちらだとしても、俺ができることは一つしかない。席を立って、自分の仕事、つまりは今後の世界のための面倒な調整の代理人として働くことである。