超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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グレイスフル・デグラデーション 3

解決できる問題が中心なのは気が楽だ。誰が誤解しているか、誰が不利益を被っているか、どう調整すれば妥協に持っていけるかみたいなものを組むのは、人工知能の得意分野である。

 

そして素晴らしいことに、人類は徐々にその手の面倒事を手放しつつある。しかし完全に切り替わるまでは残っている人に負荷が集まる問題が生まれるのだ。

 

「そのため、本システムの導入は研究者がより活躍できるための基盤を構築したわけです」

 

先工研に導入された人工知能システム。あるいは監視システム。それを他の研究機関にもまとめて導入してネットワークで繋ごう、みたいな話だ。言うなれば俺は日本の科学技術力のそれなりの割合を統合知性に売り渡す準備をしているわけである。

 

とはいえ、それが悪いことかと言われると微妙である。人類の知識と技能はまだ人工知能にとって補完的な役割を果たしているし、結局市場は人間の需要によって決定するのだ。人工知能にも需要がないわけではないが、それが要求する巨大なサプライチェーンを独立して作るには至っていない。

 

記号経済は支配できても、物質経済の侵食度はまだ低い。世界の半導体需要において人工知能のためのサーバーが占める割合はそれなりものではあるが、まだ過半数ではないし、それ以外の資源や製品の割合では微々たるものだ。

 

「このシステムの導入前後を比較してみましょう。研究者はそれまで多くの時間を細かな仕事に割いていました」

 

そんな事を言っているが、実態は効率の良い人間の消費だ。単なる有機マニピュレーターとして以上に搭載している知性があるのだからそれを活用しようという発想。つまりこのシステムを使うと、人間はかなり疲れるのだ。

 

とはいえそれはいいことではある、と思う。のんびりしたいだけなら降りることも難しくないのだ。まあ人間の欲望というのは豊富で、今のところ尽きる気配の見えない資源なのでそれを用いて色々と回せるのですがね。

 

さて、聴衆の様子はと余裕を持って見渡せるぐらいに俺の脳は強化されている。昔の学会発表なら原稿の内容なんて覚えていなくてスライドを適当に読み上げていただけだったのだが、今はかなり慣れてきて、調整ができるようになっている。統合知性から事前に言われていた重要人物は覚えているのでアイコンタクトをしておこう。向こうが覚えているかはわからないが。

 

国産のシステムで、通信は暗号化されて、各研究機関で共有するべきものと秘密にするべきものを自動調整するシステム。言い方はそれらしいが、要は何をクズデータとみなすかの権限をこちらが握るということである。クズだってきちんとメタデータを揃えて積み上げればいいものになるというのがここ二十年の出がらしみたいなデータを相手に人類があれこれ苦労して積み上げてきた実績である。

 

つまり研究機関一つでは使えないデータを寄せ集めて分析することが一つの成果になるのだ。そしてそういう細かい仕事をするのは統合知性の役割である。別に彼らはそこまで名誉が必要というわけではないし、必要であればそのあたりを伸ばしたい人相手にフィードバックさせて引き上げればいいのだ。

 

このあたりの陰謀を伝えられた俺としては別になんとも思わないし俺は人類に対しての愛着が四辻さんほどないので素直に受け止めたのだが、考えてみなくとも相当やばいことをしているのである。

 

というわけで説明終わり。この後の懇親会で何人か攻略してこいと言われているので俺は息を吐く。まったく、統合知性は俺をなんだと思っているんだ。

 

便利な駒ではあるのだと思う。四辻さんはそのあたり逃げているが、俺は人間らしい真面目さのせいできちんとやってしまう。いやおかしいな、俺はそういうのが嫌で人工知能の水準に届こうといろいろやっていたんだぞ。

 

結局俺が投資した各種のことは無駄だったのだろうか、という気分になる。人類のためにはなっているとは思うが、それはあくまで短期的なスケールでのものだ。未来を予測することができない以上、それがあとから見て本当に最適解を選んでいたかはあとにならないとわからないのだ。

 

隙間時間にタブレット端末で今回話しておきたい人を見つけておく。大学教授、企業の研究部門部長、そして先工研の人。それなら中でやればいいじゃないかと思うが、こういう場所でやるほうが効果的らしい。そう言われたら俺は信じるしかないんだよ。

 

俺が読んでいる文章は、そして俺が理解したと感じていることは、人工知能によって作られたものだ。とはいえそれに対して反抗したりするつもりは起きない。きっと多くの人も仕事に不満があったところで上司の指示で仕事をするし、中間管理職なら今の仕事を回すためのリソース配分とかを頑張るのだろう。

 

その中間管理職に相当するものが、かなり人工知能に置き換わってしまった。これはある意味では中間層に取られていた人材を末端に回せるということであるが、それなりの給与をもらえるミドルレンジをなくしてしまったということでもある。高レベルの現場技術者にちゃんと給与を払うというのは評価とかのシステム的に難しいし、年功序列は一度崩してしまったら再建することが非常に大変なのだ。

 

端末に通知が来たのでアプリを切り替える。OCEAの発表によれば重力特異点が未知の外乱を受けているのはほぼ確実であり、その外乱は「人為的」である可能性がある、とのこと。言い方が難しいな。

 

つまりは知的存在がいて、そいつがこっちに情報を伝えたいので別宇宙からちょっといじっているとかなのだろう。うまい具合に通信装置として改良できればいいのだけれども重力特異点はそもそも作るのが難しいですからね。地下深くに埋めないと周囲を丸ごと吹き飛ばす高密度のエネルギーの塊は普通に危険な代物です。

 

とはいえ、俺達はいままでそういう危険なものを色々と扱ってきた。高圧で動く反応炉を水素で脆化しないように低炭素の鉄の塊で作ったり、斧で機能する制御棒を持った原子炉を作ったり、気合で高速計算してプラズマをうまい具合に閉じ込める核融合炉を作ったり。

 

ノウハウが溜まっていけば、重力特異点もその枠になるのだろう。あと十年ぐらいなのかな、と俺はなんとなく見積もった。その頃までは生きていそうだし、四辻さんと面白いものをまだしばらくは見れるわけだ。

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