二回目、三回目と重力特異点の作成が成功するたび、報道についても控えめになっていった。俺達はマスメディアをそんなに見る方ではないし、この情報が氾濫した社会においてキュレーションの価値はそれなりにちゃんとあるとはいえ、どうしても自分で選んだほうがいいという気分になるのだ。結果としてそれは狭い世界に閉じこもるということの裏返しでもあるのだが、人間が一生を通して見れる世界は限られているので今更である。
「うーん」
一方で得られたデータを見て色々と悩んでいるのが四辻さんだ。安定した重力特異点を意図的に破壊する実験も行われたが、その被害は予想の範疇だった。いやまあ高価な観測機材が多く失われはしたのですが、もともと消耗品ですからねああいうの。
「どのあたりが悩みか聞いていいか?」
「以前の地下の爆発のニュートリノの計算があわない」
「合わないのはもとからだろ」
俺達は四辻さん経由で本当の方程式というか重力特異点の振る舞いを説明できるモデルを持っている。とはいえ向こうの世界とこっちの世界で厳密に物理定数が一致しているという保証もない。特に重力特異点絡みだと色々と問題が起こりやすいのだ。
そしてその上で、どうやら向こうからエネルギーが突っ込まれたらしいというのが俺達の結論だ。そしてそれはおそらく構造体が何かしようとしていることの示唆でもある。では何か、と言われるとわからない。それを特定するための情報が足りない。
単純な外交ゲームなら協力と裏切りで、裏の裏を読み合うと面倒になって、そして単純に協力を選んだほうが有利、みたいな形になるやつだ。しかし繰り返せるかどうかもわからない、そもそも向こうと取引が成立するかも不透明となれば、何かをすること自体がかなり難しくなる。
「違う。私の知っているモデルでも成立しない」
「……向こうから突っ込まれるエネルギーの自由度があるのでは?」
俺達が知らないパラメーターがある。そしてそれは向こうが決めている。そしてパラメーターが十分あれば好きなフィッティングができる。となれば、俺達の予測と外れている部分はモデルが悪いか向こうが変なことをしているのかのどっちかだと考えるのは大きく外れてはいないだろう。
「向こうの信号は知っているから、そこに自由度はない」
「ほう」
「私のブレイン・マシン・インターフェース向けの接続確認信号と同じ」
「そういうことはもっと先に共有しておいてもらえませんかね?」
「二時間前に気がついた。そしてその確認をしているのが今。方式は一致している」
四辻さんが見せる二つのパターンは確かに同じタイミングである。このあたりの時間の刻みの単位が共通なのだろうな。
「……で、何を伝えているんだ?」
「接続確認」
「つまりただのハンドシェイクプロトコル?」
「そう。これに応答するべきパターンがある」
「つまり俺達が四辻さんを十分研究していると向こうは考えているのか……」
「通信部分は私が死んでもある程度は解読可能だと思う。今の人類にはできないと思うけれど」
「実際のところどうなんだろうな、遺体だけなら俺達はどこまで行けたことやら」
少なくとも俺が呼ばれることはなかっただろう。当時の俺の専門は言語学で、つまりは生きている人間相手でないと意味がない。死体から記憶を読み取るなんてことは原理的に不可能である。そりゃまあ死にたてほやほやならまだ可能性はあるが、化学分解は急速に起こってしまうのだ。
それでもブレイン・マシン・インターフェースとその周囲の色々は観察できただろう。そうすれば構造も素材もある程度は特定できる。わかってしまえば合成可能だ。もちろん複雑すぎてはよくないが、単純な机上の情報だけで人類はかなりいい線まで十年ちょっとで届いたのだ。もし脳をこじ開けて実物を見ることができればそれは不可能ではないと思う。
「わからない」
「そこまで未知要素が多いか」
俺の想像は偏っていると思う。そもそも普通の人はこういう事を想定したりはしない。あと普通に俺のイメージだと遺体の分析というのがなんかこうステンレスの台の上に乗せてメスで切り開くとかなのだがこれは病理解剖とかに近いのだろうか。まずCTかMRIをやるべきではないかというのはその通りだが。
「そもそも私が来た理由だって明確に構築できたわけではない。ただ、向こうは私がいなくなったことには気がついているらしい」
「向こうが送ってきている信号がブレイン・マシン・インターフェースだけじゃなくてもっと汎用のやつだって可能性はないのか?」
「ない。秒単位のゆるやかな振幅を構造体の主要機構は採用していないから」
なるほど。消えた備品に合わせて信号を送っているのは俺達への優しさなのかはわからないが、どうせ向こうに行っているなら通信の鍵として使おうというのはそれらしい。俺達はまだそこにたどり着けていないのですがね。こっちから重力特異点を操作するだけでも難しいのだ。
「時間スケールが違うのか」
俺の言葉に四辻さんが頷く。確かに人間はその大きさと重力と、あとはいくつかの化学反応が律速になっているがそうじゃないなら光速が律速とかになりそうだな。
「年単位の周期はあるけれどそのぐらい」
「あー、恒星を回る軌道を持っているんだっけ」
「それと資源となる小惑星の輸送もある。加速して移動時間を減らすことはできるけれども、結局減速する必要があるのなら最小限のエネルギーで近づけたいと考えるのは当然だし、時間は余っているから」
そういえばその方向でも物理学は仕事をするのだった。地球から火星に行くときに膨大なエネルギーを費やしたところでそんなに早く到着できるわけではない、みたいな話を思い出す。構造体が宇宙にいた事を考えると資源がまばらで重力が使えないという問題があってもなお計算をするには便利な場所らしい。
「そのあたりのスパンは想像もつかないな……」
人類はここ数百年で一気に発展したので、人工知能も今後数百年で大きく発展しそうだというのは直感的にはそれらしいかもしれない。ただ資源を手に入れるためのタイムラグがあるならもっとのんびり、ゆったりとした成長がメインで、時折情報が新しく入ったり試していた物がうまくいって興味深い探索範囲が広がったりして、という不連続な発展が描かれるのかもしれないな。