超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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グレイスフル・デグラデーション 6

四辻さんのブレイン・マシン・インターフェースの仕様書を作っている。言うなれば、これはファースト・コンタクト用の手引書である。向こうから送られてきている情報はもっと単純なものに変わりはじめた。つまり四辻さんをロゼッタストーンがわりに使って楽をしようという試みが失敗したようである。

 

「しかしこっちは向こうに情報を送れているのかね?」

 

俺は物理シミュレーションを見ながら言う。各地の物理系の研究機関の人工知能が合同で作ったやつだ。基本的にそれぞれの人工知能は保有組織に縛られているし、それぞれの組織には独自の設立目的やら政治的立場があるのだ。

 

そういう意味ではBIFRONSはかなり自由なやつである。同じぐらい自由なやつとして人工知能系の企業が社会貢献枠で設定している自由に考えるやつもいるが、あいつらはあいつらでそれなりに人類への貢献みたいなものに縛られている。うちの人工知能を見習うべきだね。こんなのばかりになったら普通に人類が終わってしまうがな。

 

「無理だと思う。重力特異点を通した観測もできていないはずだし」

 

四辻さんが少し表示を弄くる。人間向きではないパターンが現れる。こういうのはビジュアルとして見てかっこいいというのも大事だが、人間の視覚という便利な入力システムを活用するとなるとたぶん知らない人からは気持ち悪すぎるような代物になるのだ。今でも俺の脳のどこかがシダ植物とか傷跡とかの、見たら避けるべきパターンに似た何かを検知している。

 

「うまく光子あたりでも送り込んで様子を見れたら面白いんだがな……」

 

「そんな簡単に宇宙の間で情報をやり取りはできない。過去に対して情報を送るのでさえ難しいのに」

 

「おっ人類的な話し方になっているぞ」

 

「そちらに合わせただけ」

 

「それはありがとうございます」

 

時空間の理論というのは、人間には比較的わかりにくい。それは二次元や三次元のアナロジーでは耐えられないし、四次元を扱うのは普通に難しい。俺は訓練の過程でなんとかできるようになったが。このあたりは位相幾何学とかの人はすごいよな、高次元をちゃんと想像してその上での操作を扱えるんだから。

 

そして基本的に、宇宙は無茶を起こさないためにはある程度の無茶を認めてくれる。例えば未来から過去に情報を送る時、宇宙全体の整合性を保つためなら、通過のために重力特異点を維持するためのコストがいい感じに未来からの情報料と相殺されるそうだ。このあたりはちゃんと数式を追いかけたことがないから断言できないし、俺の持っている感覚は他人に説明できる種類のものではない。

 

言うなれば知恵の輪みたいなものだ。遊びがあるのだが、ちょっとやそっとでは解きほぐせないように絡まっている。そのあたりを上手く動かす方法があるとすれば多少変なことが起きてもいい。

 

コイントスで出た面を復号したらたまたまシェイクスピアになることは十分有り得る。そしてその過程でエントロピーとかの問題が出るがそれは微々たるものだ。つまり情報を得ること自体は別にそうコストがかかるわけではない。そしてその理論が本当に通っているのだ。

 

とはいえ、それは情報が非常に微々たるエネルギーしか持たないからである。物質となればもう少し大きくなるし、数十キログラムのバリオン物質を別の宇宙に送り込むとなればとても大変なことになる。こう言うしかないのはそもそも四辻さんの知識範囲でもそれを扱いきれないからだ。

 

「……となれば、もっと上の方の何か?」

 

俺はそう呟いて上の方を見る。人間は空を飛べないので実質二次元に生きていて、そして首を持ち上げれば三次元目の方向を認識できる存在だ。ああはい、時間も認識できているので四つですね。

 

第四の壁とか、多元宇宙論とか、なんかわからないけどそういうもの。とはいえ俺達を観ている何かがいるっていうのはあまり考えにくいんだよな。地球上の生命がそんなに面白いものとは思えない。物質の動きの複雑さしか見ないのであれば恒星とかのほうが珍しいものを見れるんじゃないですかねという気がする。確かに生物をピンポイントで選び出せるような興味深い対象の定義を作ることはできますが、それはかなり恣意的なものになるわけです。

 

「考えても証明できないことに意味はない」

 

「状況証拠は変すぎてなんとでも言えるからな、ここ十年の科学技術の発展は異世界から来た少女のせいですよ、とか」

 

「少女を名乗っていいのであれば名乗る」

 

「お好きにどうぞ」

 

四辻さんはかなりかっこいいお姉さんである。人間関係がどうなっているかは知らない。いきなり明日から左手の薬指に指輪をつけていても驚きはしないが。ちなみにその場合俺はBIFRONSと組んで今までの情報を漁るとともに須藤さんに連携を取りつつ、一番怪しい候補である水城さんの左手の薬指に追加で指輪がはまっていないかを確かめる必要があります。

 

いやまああの人の家庭事情とか知る機会が一切ないんですけれどもね。俺達の方からは聞くこともないし聞く必要もないし。デリカシーとかそういう一般常識の話ですよ。

 

「……私は、ちゃんと仕事ができなかったのではないかということを気にかけている」

 

「仕事というのは?」

 

「こちらで私の情報を明かして、向こうと繋がるための準備をすること」

 

「まあ理性的な存在であればこんな微妙な隠蔽をするはずがないと考えるのはおかしくはないだろうな」

 

発見され、国家に確保され、そして秘密裏に情報を抜き出されたあげく、その社会実装の実務までやらされた。情報提供者ってやつは本来はこう、いい感じの別荘で軟禁されるとはいえそれなりに安定した生活を送れるものじゃないのでしょうか。なんでこっちの実務側に来ているんだよ。亡命したスパイは普通二重スパイに戻せないんですよ。

 

とはいえ構造体か、あるいはもっと上のなにかかは知らないが、そういうものが四辻さんを意図的に送り込んだのだとしたら、そこにはある種の確証があったのかもしれない。そういう運命になるので問題ない、みたいな。それは知恵の輪が解かれることを前提に設計されているようなもので、そうでなければそもそも彼女がこちらに来れなかったみたいなこともあるのかもしれない。

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