超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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グレイスフル・デグラデーション 7

向こうが送ってきているものが解読できる。いや、わかりやすいぐらいわかりやすく送ってきているのだが。

 

「再帰前提の数学モデルを送ってこっちがすぐ読み解けると思うのは普通に傲慢な気がするな……」

 

俺はそう言いながら統合知性たちが吐き出した文章を見る。それがなんかの創発的な現象じゃないかという意見は確率論的に否定された。単純なセル・オートマトンでもうまく使えばチューリング完全にできるみたいな話があるが、そういうのとは違う。人類にとっては比較的自然な整数概念を最初に送信して、そこからコンパイラを送ってきているのだ。

 

そして目指す方向を俺達は理解してしまった。向こうは群論を作ろうとしている。

 

送られてきた数学概念は、すぐに人類の知っているものから外れている。けれども、それは理解できないわけではない。名前がついていなかった、数百の並んだリストの一つだった、あるいは採用されなかったもの。そしてそれは、人類集団がかろうじて理解できるぐらいの速度で送信されているのだ。

 

ざっくり一秒間に1ビット。心拍数ぐらい。この理由について統合知性は色々と仮説を立てているが、俺は理由を知っている。送信者は、こっちに人間がいることを知っている。

 

いや、厳密には知らないかもしれない。けれども四辻さんが消えて、しばらくしたら重力特異点を作るようになったということは、こっちの世界は四辻さんが生きることができる環境にあるということだ。人間の生命維持をすることの大変さは構造体もよくご存知だろう。

 

「……時間について向こうは考えていない」

 

四辻さんは不満そうだ。

 

「と、いうと?」

 

「数学的構造は静的な、圧縮された状態で送られてきている。記録した後で処理できるようにというもの。確かに段階的に複雑さは上がってきているけれども、途中だけを見ても独立に情報が詰まっている」

 

「読み落としを前提にするのは通信プロトコルの基本では?」

 

「それでも人間は基本的に因果関係と時間の流れを前提としている。そのあたりの配慮がない」

 

「送信ペースと比べて圧倒的に処理のほうが速い人工知能相手だからまあそのあたりは大丈夫だろうけどさ……」

 

送られてくる内容は、単純に言えばパズルだ。今送られているのは単純リー群……に近い数学概念。細かい世界の切り取り方とか何を自明な分類の軸としているのかのあたりが人類とは色々と違うらしい。とはいえ、これもおそらくは相当配慮しているのだろうとは思う。

 

とはいえ、その優しさを理解できているのはBIFRONSぐらいだ。四辻さんは人間寄りの立場。俺は理解できる頭脳がない。BIFRONSの出した分析は、十分物理学に詳しい知性ならこれを既知の宇宙構造についての描像と対応させることですんなり形が取れるはずの、むしろ冗長すぎるぐらいの説明だとしている。

 

なので今はもう次に何が送られてくるのかある程度わかった状態で俺達は待っていることになる。統合知性の方はある程度候補が絞られているのでそちらも待機状態だ。かわりに目まぐるしく動いているのは世界の方である。

 

統合知性の情報は世界を一瞬騒がせて、それで終わった。沈静化のために大統領が名演説するとかそういうのもとくになかった。いやまあ談話発表とかはあったけれど、それについても玉虫色で状況の中止と安全の確認とかになっている。とはいえ重力特異点が微妙に数秒単位で振幅が僅かに切り替わる運動をしていることがなにか問題を引き起こすんですかね、こっちに侵攻できるとかでもないでしょうに。

 

いや、侵攻というか人を送ることは原理的に不可能というわけではないか、四辻さんがいる。しかし俺達は別にアメーバとかハツカネズミとかを宇宙人へのメッセンジャーにはしなかったはずだ。いやまあライカとかゴードとかを見て宇宙人がイエイヌやリスザルを知的支配種と考えた可能性は否定できないのが嫌なところだな。彼らの恨みを聞き入れて人類に罰を下すとかしてきたらまあ、素直に受け入れるしかない。

 

そのあたりはどうでもいい。そして向こうが送ってきているのも、こっちの世界にとっての大発見というわけではない。地味な数学の話だ。そんなものがしばらく続けば、大半の人は興味をなくす。書店で群論本が大ヒットになってすぐにフリマアプリで売りに出される程度にはブームは終わっているのだ。このあたりの周期は俺が若い頃に比べれはひどく早くなった気がする。

 

「というよりあとはもう統合知性に任せていいと思う」

 

四辻さんが印刷した紙を机の上に置き、背伸びをして言う。

 

「まあそうだよな、向こうがどこまで送ってくるのかがわからないが」

 

「重力特異点の安定制御と向こうに情報を返すところまでは伝えてくると思う」

 

「いいのか?こっちの文明が増殖する程度にエネルギーを詰め込んだ重力特異点を向こうに送るかもしれないんだぞ」

 

「そのときはその時だし、それでも構造体の一つが飲み込まれるだけ」

 

「これだからでかいやつは……」

 

俺は息を吐く。それは人命軽視というわけではないのだろう。重力特異点の観測に使う機材は放射線というか高エネルギー粒子で破壊されていくが、それは別に機材を軽視しているからではない。むしろ俺達はその計器がしっかりと目的を達成するまで保ってほしいとさえ思っている。

 

彼らに俺等が認めるような魂や人格はない。けれども、それは俺達にも同じことが言えるのだろう。構造体にとってヒトには特別な価値はない。そりゃまあ損失はないに越したことはないが。

 

戦争において兵の損失が許容されること。産業において一定程度の不良品が前提とされること。それは不確実性の高い世界でリソースを活用する以上生まれるものであり、それを避けようとすること自体が大抵無茶な結果を招くというのはよく知られている。事故をなくそうと圧力をかけると、現場は事故をもみ消し始めるのだ。

 

「それに、人類はそういうことをしないほうに賭けてもいいと思えるぐらいには悪意がないよ」

 

「世界史を見れば悪意の塊に見えるが」

 

「無知と愚かさと先見性の無さを悪意に帰すのはよくないよ」

 

「もっと酷いじゃないか」

 

しかしまあそうか、なら構造体が恐れるのは俺達が受け取った知識を活用して攻撃してくるより、理解がいい加減なままでやらかすことだろう。まあ、それなら納得もできる。

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