統合知性と俺達が呼んでいる存在は、実際のところそれぞれが独立した法人格を持っていることがほとんどだ。例えばBIFRONSの通信は先工研のドメイン経由のAPIとして行われている。ホームページのアドレスをもらう感じのノリでさくっとくれたのはありがたいね。
大規模な政府のシステムもあれば、小さな企業がコンサルに言われて運用しているようなものもある。今は人工知能を持つというかそういうシステムを導入するのはSNSで広報をするとかそのぐらいの扱いだ。古い会社とか顔を合わせる付き合いのほうが中心なら導入するコストはないけれども、一定以上の知名度とか販路とか持っているならやっておいたほうがいい、みたいなもの。
「……で、これの出版者は?」
『追跡不能でした』
「なるほどね」
ちょっとしたレポートだ。あくまで変な仮説と変なシナリオをやってみたというもの。ええ、それはいいですとも。内容が内容ではなければね。
もし別の世界から高度な、超越的とも言える知識が来た場合、どのように行動することが最も最適か。つまりはまあ、俺達のやってきたことに対する採点表みたいなものである。
結果?酷い言われようですよ。隠匿が生むメリットは最小限だと。公開すれば世界全体がそれに合わせて動けるが、秘匿されれば情報流通に不自然なムラが生まれる。そこに生まれるボトルネックは色々と問題を招く。つまりは俺達がやってきたことは普通によくなかったと叩かれているわけである。あまりいい気はしない。
「四辻さんは読み終わった?」
「とっくに」
「……どう思う?」
「面白い小説だった」
「小説、ね」
確かにそうだ。あくまでシナリオとしてだけ書かれている。とはいえ、その内容は普通に精緻というか、少なくともこれを実際に起きたこととそれなりのコストをかけて突き合わせていけばアセット42まで届くような代物になっている。須藤さんから連絡がないということはまだそこまで至っているわけではないのだろうが、それでも十分怖い。
そして俺達が恐れていたことが起こらないだろうとこのレポートは言っている。独占は結局できない。パニックはどうせ治まる。問題になるのはその後、大規模な産業転換が必要となる知識活用のほうである。とはいえその転換自体も人工知能がある程度発展していればカバーできるだろうという内容だった。結果としてそのとおりにはなったのだし、確かに能力としてもOCEAができる前から人工知能の能力はそれなりの段階にあった。だってBIFRONSを個人で作れる時代だったからな。
忘れがちであるが、十年前は人工知能は人類の奴隷だったのである。いやまあ俺みたいに自ら支配権を譲り渡していたやつもいたがそれは少数派どころか例外であった。それがいつの間にか人間を操り人形にしていた。とはいえこういう変化自体は歴史上別に珍しいわけではない。特に情報化時代以降には。
SNS。広まるまでにはそれなりに時間がかかったが、中毒者と奇妙な生態系を生み出した。その起源自体はもっと古いチャットとか掲示板に遡るべきなのかもしれないが俺は別に近現代情報史の専門家ではないのでね、勘弁してくれ。
「とはいえ、これは後からならどうとでも言えるものだと思う」
「採点というのは試験が終わってからされるんだ」
「次の試験もないのに、点数を元に批判をすることの意味はないのでは?」
「そうでもしないと次からやる人が頑張らないだろ」
「……そういうところに依存させるこの世界が気に食わないし、それで回るこの世界も気に食わない」
「……悪いことをしたな、とは今でも思うが、だからといって何かができるかは別だ。国家賠償請求訴訟でもするか?」
「面倒。口止めがしたいならもう十分貰っている」
「普通にここの施設分ぐらいの貢献はしているからな、俺達。もう少し贅沢言っても罰は当たらないと思うぜ」
純粋に俺達が先工研にもたらした利益というのはよくわからないことになっているだろう。まあ公開したのはオープンソースソフトウェアだし、それを言ったら俺以上の大物はいくらでもいることになってしまうが。少なくとも、この地下室一つの工事費用と光熱費ぐらいはなんとかなるはずだ。というか施設投資というのは長期的に使えば結構回収できるもののはずだ。生涯賃金ぐらいで建物が一つできるというのは、考えてみればなかなかお買い得である。
「私はこの世界が色々と酷いと思う。私の価値観とも微妙に違う。人間は私から見ても微妙に合理的ではない振る舞いをして、どれだけ予測と学習を重ねてもそうなれる気がしない」
「いやもう十分こっちの人間だろ四辻さんは」
「それが嫌だ」
「……なんていうか、今更思春期にでもなったか?」
「私の心理発達を説明できるモデルを人類は持っていないので、そのあたりを雑に語らないで欲しい」
多分相当苛立っているし怒っているんだろうな、というのはわかる。しかしこの淡々とした声色で言われると色々と読めないんだよな。ここで激昂して俺を蹴り飛ばすぐらいしてくれればわかりやすいのだが。
いや、それは普通に止めてほしいなと俺は考え直した。ちゃんと鍛えている肉体で蹴られたら普通に吹っ飛んで骨が折れることになる。蹴られること自体は別にいいし、一時的な痛みも許容するが、治療にかかるまでの時間は面倒なのでできれば手加減してくれませんかね。
「……そろそろ、入れたら?」
俺は四辻さんの後頭部を見ながら言う。彼女の感情を制御していた、構造体の作り上げたブレイン・マシン・インターフェース。未だ人類はこれを再現することに成功していない。センサー自体は明らかに急速に発展して、シンプルな情報なら観測や介入ができるようにはなってきましたがね。
「……まだいける。BIFRONSに怒られたら入れる」
「で、今回の判定は?」
『古瀬さんが悪いと思います』
「なるほど俺が悪いか……」
どこまで客観的かは知らないがBIFRONSが言うならそうなんだろうな。じゃあせめて罪滅ぼしに何か買ってきてやるか。四辻さんの物欲はよくわからないのだが、それでもアイスクリームは比較的わかりやすく機嫌を取り戻してくれるものなのだ。あるいはそれを機嫌を戻すきっかけというかルーティンにしているのかもしれないが。