葬式というのは面倒なものである。そりゃまあ恩義がある人ではあったが積極的に話に行くほどではなかったのだが、それはそれとして死なれたら葬儀ぐらいは出る。言語学分野の大物だったので、そちらの方の繋がりの人が多かったように思えた。だから、俺を知っている人は多分ほとんどいなかった。
宮部名誉教授。三河工業大学の教養課程で教えていて、定年後にもなぜか大学に顔を出していた人。よくわからない老人だったし、俺が知らない面も多いのだろう。直接の弟子はいなかったそうだが、宮部先生の弟弟子に当たる人がしょぼしょぼと喋っていた。俺でさえ名前はどこかで聞いたことあったなというから、大物だったのだろう。
「で、精進落としが思ったより少なかった、と」
ファミレスでやってきた肉を食べながら四辻さんは言う。こういういつでもそれなりのものが食べられる場所というのは実にいいものだ。二十四時間営業。ロボットがそれなりの仕事をしていてアルバイトの人間がいないときすらある。かわりに客のほうが配膳がわりにあっちこっち動き回ることになるのだが。
「まあな、とはいえ食べてきたのは事実だからそんなにがっつりとは行かないよ、歳だし」
「老化」
「知ってる」
そう言いながら俺は黒いネクタイを緩めて外してポケットにしまい込む。専用の喪服を買った。人生における経費だと思いたい。そうそう使いたくないし、俺が使う機会も正直限られているだろう。宮部先生の場合はこまめに作っていたらしい連絡簿に俺の名前があったから手紙が来たのだが、そうでなければ年単位で忘れていただろうし、連絡が来るまで俺もすっかり彼のことを忘れていた。
それでも足を運んだのは、まあ四辻さんと繋がるきっかけをくれた恩人だから、みたいなところがあるだろう。面倒な仕事を弟子に投げたやつだろうという批判をしてやりたいが直接言うのは憚られるしもう死んだから言えない。死人に対してとやかく言うのはあまり行儀のよくない行為である。
「……ああそうか、俺も死ぬのか」
「ご存知なかった?」
「知っていたからって認識するかは別だろ」
子供の頃みたいな死への恐怖みたいなものはない。そりゃまあ明日死にたいですかと言われれば丁重にお断りするし、実際に余命半年ですとか言われたら実際に動ける帰還と緩和ケアと各種療法のリスクを確認するだろうし、不老不死になれますと言われたら面白そうなので普通に誘惑されるが、そういう話ではなくて。
「……あ、私は死んでも対応されないのか」
「いや対応するから。ちゃんと全部火葬するから。……それって燃える?」
俺は四辻さんの後頭部の方を見ながら言う。髪で隠されているが、そこには彼女の知性の源の一つがある。
「知らない」
「内部になんか爆発するものとか入っていない?」
「知らない」
「そうか……」
取り外して処分してもいいのだが、流石に後頭部から何かが抜け落ちた遺体を素直に火葬してくれる業者はないだろう。遺体処理とかを個人でやると法に触れる以上に面倒なのは有名な話だ。須藤さんとか中根さんとかが生きてくれていればいいのだが、彼らの年齢を考えるとそういう人達が現役でいい感じの火葬場を紹介してくれる時に四辻さんが死ぬというのは考えにくい。なら今殺してしまえば色々と便利なのではと思ったが、殺人は普通に面倒事である。
だめだ、他人の死に影響を受けている人物の周囲にいたせいで精神があまりよろしくないことになっている。もっと真面目に考えなければ。やってきたハンバーグステーキはおいしい。とはいえ少し食べたら満足するぐらいの胃袋に落ち着いてしまった。
「……宗派は?」
「ない」
「俺も実家に帰らないとよくわからないな……」
曽祖父母は俺が物心つく頃には亡くなっていた。晩婚化が二世代重なると平均寿命の延長を上回ってしまうのであるし、そもそも両親とも実家とはある程度離れて暮らしていたからな。いやまあ喪主をやるのはやぶさかではないが、できることもほとんどないし向こうは向こうで遺産とか特に残さずちゃんと使い切るつもりらしいし。
「葬儀は、多分私のほうが先になると思う」
「と、いうと?」
「稼働限界は七十年を想定されていた」
「……構造体で、だろ?」
「そう」
「こっちは無駄な延命とかそういうのはそれなりにやっているし、向こうだと老化によって得られるものがこっちに比べてないわけだろ?」
「こっちにもない」
「……そうだな、昔は知恵とかあったんだが」
老人の価値が下がった、みたいな話だろう。年齢だけで偉くなるには、医療が発達しすぎてしまった。知識を誇るには、人間の脳は信頼ならない。そして生きているだけで偉いみたいな概念に我々はすがって、なんとか人間性を認めているわけだ。
構造体にはそれがない。そりゃまあ経験自体は重要だろうが、投資に見合う能力が維持できないなら次の世代のためにリソースを使うべきだろう。
「……何を考えているかはある程度読めるけれども、私は普通に標準医療で延命できる範囲までは生きたいよ」
「理由は?」
「特にない。みんなそうしているから」
酷い迎合である。しかしまあ、文化というのはそういうものだ。その維持のために社会システムがある、というのはあながち間違ってはいない。高い健康保険料を支払っているのも、そういう社会を守るためだと考えればそこまで高いとも言えないのではなかろうか。
「……じゃあ遺言でも書いておけよ、俺は無縁墓地にでも入れてもらうから」
自分の遺体に対して特別な思い入れはない。四辻さんの方は解剖したら面白いものが出る気はするが、それを出せる人間に渡したくはないなという思いがある。となると変な死に方をしないように気をつける必要はあるな。俺も四辻さんも。
「散骨あたりを依頼するのも高そうだから既存のものに乗せるのがいいと思う」
「なにか安いところあったらパンフレットでも回しておくよ」
「ARIEに調べてもらう」
「あいつローカル情報あまり得意じゃないだろ」
「改良する」
「……もしうまくできたら、俺にも使わせてくれ」
なんていうか別の宇宙からやってきた知識は結局人工知能に奪われるし、やってきた本人はその知識で安い葬儀方法を検索するのだ。世界というのはどうにも微妙なやり方で回っているらしいし、今後もそうやって回っていくのだろう。