超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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ノイラーツ・シップ 8

「こういうものです、よろしくお願いいたします」

 

そう言って口角を上げたスーツの若い男性は、話が終わった後に俺に名刺を出してきた。

 

「……どうも、ありがとうございます。いま名刺を持っていないのですが」

 

そう言って俺はちゃんと受け取る。大日本電算株式会社東日本営業部第一課課長、秋野康史(こうじ)。この名前は読み方いっぱいあるからな、ええと秋と商いで無理やり繋いでどうにか覚えるか。あと課長ってどれぐらいの年齢でなるのが普通なのだったかな。なんとなくの直感だが若い方、だと思う。

 

「いえ、構いませんよ。古瀬さんのことは須藤さんから伺っております」

 

「大日本電算さんの名前もよく聞きますよ」

 

戦前の真空管販売から電算機へ、そしてソフトウェア開発を経由してコンサルティングへ。オープンソースの画像処理プログラムを社会貢献として作っているとことして俺は知っているが、たぶん世間一般としては天下り先として色々言われた時代のほうが有名だろう。分析とか計算とかのあたりではかなり強いところで、情報系の学界で知り合った人が一人ここに就職していたはずだ。

 

「須藤さんのところだと、あまりいい噂ではないのでは?」

 

「そこはまあ、一介の学生の身としてはあまり」

 

「いえいえ」

 

笑顔を互いに浮かべるが、別に俺はこの手のやり取りがそこまで得意な訳では無い。表情を言語化できるとはいえ、直感的にそれをやってくる相手にはどうしても劣るものだ。このあたりはどうしても後付けの知識の限界が出てくる。

 

そんな感じで椅子に座る。部屋の中にいるのは俺達二人を除けば須藤さんだけだ。彼もタブレット端末でなにか作業をしているが、視線は時折こちらに向けている。つまり俺達の会話はちゃんと管理されたものなのだろう。

 

「さて、古瀬さん。BIFRONSについて大まかには聞いています」

 

須藤さんが事前に話を通してくれていたようだ。四十二を地下施設に閉じ込めるなら、情報を引き出すためのBIFRONSも地下に置いておいたほうがいい。隔離されたシステムへのハッキングというのは直接潜入が必要で、内部範囲外にはやりにくいのだ。

 

「それを動かせるだけの計算機が必要です。一旦そちらに納入させてから移動させて、みたいな形でひっそりと持ち込めませんかね」

 

「固定資産台帳とか税務のあれこれがあるんですが、まあ須藤さんの案件ですし、あんな話を聞かせられたあとではね」

 

そう言って笑顔のまま秋野さんはボールペンで文字と数字が書かれた紙を出す。それが何かは、事前にBIFRONSと議論をしておいたおかげですぐに分かった。

 

「あとでこちらで焼却処分するから、部屋を出る時に回収するぞ」

 

「わかってますって」

 

口を挟んできた須藤さんに秋野さんは返す。溶解じゃなくて焼却なのか。量がそこまでないなら空き缶とかに入れて燃やすのが一番楽なのかもしれない。特に今回は誰も信じられないわけだから、眼の前で灰にするのが一番確実というのはありそうだ。

 

「……単位は円、ですよね」

 

「もちろんです」

 

「かなり安くなっていませんか?」

 

俺が以前作った見積もりは三倍とまではいかないが二倍ぐらいはしたはずだ。四桁万円という値段は普通の人が手に入れられる機材の額を超えている。家が建つという慣用句があるが、今だともっとするんだったか?このあたりの俺の相場感は浮き世離れした大学生らしいもので信用できない。

 

「うちの会社の機材入れ替えで廃棄する部品を流用しますからね。組み立てはそちらでやるか、あるいはうちの先工研についているチームがやってもいいのですが」

 

なるほど、中古で信頼性は微妙だが資産として動かしやすいものを中心でやる、と。型番として並ぶ文字は今でも十分現役で戦えるやつだったはずだ。正確にはちゃんと確認しないといけないが。

 

BIFRONSはコンテナ仮想化で動いているので、基本的に環境をあまり気にしない。そしてあいつには自分の資源割り振りとかを自分で調整するだけの機能がある。そのあたりはどうやっているのか開発者というか組み立て担当者の俺でもわからないが、機能しているからいいことにしている。だから動かすのに支障はあまりないだろう。

 

「そのあたりはおまかせします。あとサイドチャネル攻撃防止用の電磁シールドとか電源装置ってつきませんか?」

 

「そのあたりもちゃんとつけます、ご安心を」

 

「専門外ですので、信頼させていただきます」

 

俺は素直にそう言う。もちろん、人間のやることだ。結果に裏切られることもあるだろう。途中で意思が変わることもあるかもしれない。けれども、俺達はそういう不確かさを普段から前提に生きているのだ。こういう時だけ臆病になるのは違うだろ。

 

「というより、BIFRONS級のものをこちらでも持ってはいるんだがどうしても運用する側の人間の問題があってな。切り離して使うノウハウを持っている職員がいるから、彼にも手伝ってもらう」

 

「どういう事をされているんですか?」

 

俺が尋ねると秋野さんが須藤さんの方を見た。アイコンタクトで言っていいか確認、ということだろう。

 

「アクチノイドの物性研究だ」

 

「ああ、はい」

 

須藤さんがかわりにそう言うってことはろくでもないものですね。切り離された環境で、かつ須藤さん案件で、かつアクチノイドなんてなれば実質的に用途は一つじゃないですか。というか大日本電算ってそういうことまでやっているんですね。また一つ世界の裏側を知ってしまった。四十二さんの技術を使って早く記憶を消せるようになりたいな。

 

「我が社は須藤さんから色々とお仕事を貰っていますからね。そういう物も多いのです」

 

「お疲れ様です……」

 

俺は心の底から同情する。須藤さんは限界をきちんと理解していて何かあった時にそこに行けるようにいつもはセーブすることをきちんと求めてくる人だ。その辺の管理を外部の人から見てもらえるのはとてもありがたいのだが、管理されているという怖さもある。

 

そして彼は多くの分野でそれをやっているのだろう。少なくとも、今日ここの会議室に集まっている人は互いに管理し管理されるような関係のはずだ。それに比べれば、少なくとも俺は完全に操られる側だ。というわけで俺の制御権を巡って完全体BIFRONSと須藤さんは勝手に戦っていてほしい。

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