超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ   作:小沼高希

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スリーウェイ・ハンドシェイク 3

ファーストコンタクトものを読んでいる言語学者は意外にも少なかったことを覚えている。古典的なSFをいくつか学会の懇親会で言った時、それ以上言わないように止められたのを思い出していた。

 

「つまりあなたの言語はかなり奇妙なんですよ」

 

そう言いながら、俺はノートパソコンの画面を相手に見せる。少なくとも、見る限りでは彼女はヒトだ。いや、ここで彼女という代名詞を使うのはセックス・バイナリズムと言語的セクシズムへの同意とか見なされかねないけれどもそういう意味ではないからな。世間一般のほぼ大多数の人が持っている偏見、あるいは便利なヒューリスティックに基づくシニフィアン選択というやつである。

 

「███████████████████████」

 

こちらの会話の長さに合わせてずっと向こうも話を返してくれている。何を言っているのかはまだほとんどわからないが、ともかく会話を重ねて続けていく。

 

「母音が六、子音が十六。そして全部が単母音です。もちろんこの切り分け方は実際にはあまり正しくない可能性もあります。日本語だとア行オ段『お』とワ行オ段の『を』は文字表記上では異なるものですが、多くの人はこれを同じように発音しますし、そこまで区別できているかどうかは単純な音だけではわかりません」

 

無理やり三次元に落とし込んだフォルマントの組み合わせがどう分布しているかを表示させながら言う。六つのそれなりに区別できそうなぐらいのグループが構成されていた。正直言って、これを相手が理解できるとは思っていない。

 

デートで自分が話すことが楽しくなって相手のことを考えない人って嫌われるが、俺がやっているのはそういうことだ。ただ、それでも会話自体が楽しいと思う奇特な人もいるらしい。ブロニスワフ・マリノフスキの交感的機能のようなやつだ。その中で、互いに会話ができるという信頼を醸成するのが重要になってくる。

 

相手が同じぐらいの長さの文章を返してくる。この画面について映っているものに語っているのか、あるいはこのデバイスについて語っているのか、あるいは昨日食べたものについて語っているのかは知らない。いや、というかちゃんと食事は取れているのだろうか?

 

ちょっと周囲を見渡すと、アクリル板の向こうの壁に扉と食堂にあるお盆の返却口みたいなものがついていた。なるほど、物品のやり取りはここからできるのか。となるとこのアクリル板は純粋に面会か観察用だろう。隠しカメラとかでは双方向のやり取りができないからな。

 

「子音同士の距離、というものを考えることができるんです。例えば有声音、無声音の違いですね。無声両唇破裂音/p/と有声両唇破裂音/b/は、両方とも両唇破裂音で、声の有無だけが違う。それをもとにすると、あなたが話している単語の子音はよく弁別できるものばかり。……綺麗すぎる気もするが、この程度はありうる範囲だっていうふうにシステムは分析しているんですよ」

 

そう言いながら俺はノートパソコンを撫でる。単語を教えるつもりはないが、もし望めばそうするぞ、という意思表示。インフォーマントは少し口角を上げた表情をしている。その筋肉の動かし方は、俺がしている作り笑いと同じものだ。

 

「……ちょっと休憩しましょうか」

 

── タイマーを表示: 数字と回転型表示

 

よろしく、と俺がかすかに呟くと画面が切り替わり、白い画面に赤い輪が表示された。輪の中には9:56という数字が一秒ずつのカウントダウンをしている。良く見ると分かるぐらいに少しずつ円が削れるように隙間が広がっている。きっとこの意味はわかってくれるだろう。もしそうじゃなかったら、俺達の文明が奇妙な十進六十進法を時間に使っていることを理解する期間になる。

 

椅子を立った俺に合わせて、相手も席を立った。カメラとマイクは回しっぱなしだが、俺は背を向けて背を伸ばし、扉を出る。

 

「……どうだ?」

 

タブレット端末から目を上げて、廊下でずっと待っていたらしいスーツの彼が言う。

 

「全くわからない。言語的には色々とわかってきたが、文法はまだVSO型なんじゃないかという推測段階ですね」

 

「……私が真面目にその手のものをやったのは、大学受験が最後だ」

 

大学受験で英語を使うということは、と考えようとしたが何も絞れない事に気がつく。彼ぐらいの年代でも大学進学率は半分を超えていたはずだ。そしておそらく上級の国家公務員か何かということを考えれば、大学を卒業していると考えていいだろう。少なくとも言語学をきちんとやったことがないことはわかった。

 

「あー、そうか。ちゃんと報告書を作るなら前提が複雑になるのだが……あなたの専門分野と最終学歴を教えてくれ。そうすればそれに合わせる」

 

「……化学工学だ。博士号」

 

少しだけ間があった。秘密にしたいのだろうが、ここで伝えたほうが後々楽になると考えたのだろう。化学工学ってなんだよ、と思ったが簡単な解説が高速で切り替わる文章として彼の顔の隣に現れてくれた。ありがとうなBIFRONS、どうせ俺は石油を蒸留して何ができるかをもはや言えなくなってしまった人間だよ。

 

「ならまず言語学の基礎知識が必要、と。それも含めてレポートの付録として生成させておきます」

 

「手間ではないのか?」

 

「生成です。もちろん俺がきちんと責任を持って確認しますし、そちらで信頼できる方に精査してもらっても」

 

「……そうか」

 

彼はあまり表情を変えていないように見えるが、僅かな顔の筋肉の動きは読み取られて自動的に処理されている。これを誰もがつけている時代にならなくてよかった、と俺は思っている。あまりセンスがないデザインで助かっているが、もしこれがスマートフォンぐらいに流行していたら次は仮面が流行するだろう。表情から読み取れることは多いのだ。

 

「あと八分、休憩時間です。その間に基本的な情報を口頭で共有しましょうか?」

 

「そうだな、頼む」

 

「まず彼女の表情と行動のパターンなのですが……」

 

俺は視界の文字を読みながら言う。このあたりは人間が考えるよりも百倍近く効率的なシステムに任せてしまったほうがいい。違和感を持つところはリングに触れながら少し言葉をぼかすと、それに合わせて次に読む文章が変わる。こういうことをやっていると人間としての尊厳とかなんだのを言われることがあるが、そもそも今どき人工知能に頼らずに生きている人がいないことを考えればこういった批判は正直馬鹿馬鹿しくて仕方がない。

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